中村哲医師は正しかった 没後5周年を前にして
中村哲医師が凶弾に倒れてからもうすぐ5年になろうとしているが、中東のガザでの泥沼の戦争や凄惨な破壊や殺戮を見ると、中村医師の主張し、アフガニスタンで実践しことは正しかったという思いにあらためてなる。
イスラエルは、ガザに対する食料援助を含めて人道支援についてイスラエルがしっかりコントロールしない限り、ハマスに勝つことができないと考えている。つまり、ガザへの人道支援に関する統制を緩めれば、ハマスは弱体化することはないと考え、「兵糧攻め」を正当化している。人々が十分に食べることができる状態をつくり出すことによって平和創造を考えた中村医師とは真逆の発想だ。どちらが人間社会の理想かは自ずと明白だ。
イスラエルは2004年にアフマド・ヤースィン、アブドゥル・アズィーズ・ランティスィという2人のハマスの創設メンバーを立て続けに殺害したが、ハマスの活動はガザ社会で根強く定着し、昨年10月7日にはイスラエル建国以来最も多数の民間人の犠牲者をもたらした。武力による制圧はまったく逆効果で、ガザの人々の生活状態を改善しない限りハマスなどによるパレスチナ人の暴力は止むことはなく、イスラエルは果てなく暴力に対峙することになるだろう。
中村哲医師は「聖書の言葉を使うと、『剣によって立つ者、必ず剣によって倒される』と。これはもう歴史上の鉄則なんです。」と語っていたが、武力の行使に訴えてきたイスラエルは戦費は嵩み、予備役の招集で本来の産業分野から労働力を奪ったことによって経済活動も深刻なスランプに陥るようになった。イスラエルは自分で自分の首を絞めている印象だ。かりにイスラエルが武力でしばらくの平穏を得られたにしても、国際社会はまったく評価することはなく、イスラエルに対する好感が増すということは決してない。
ナチス・ドイツは、ソ連に侵攻する際に兵士の食料を確保するために、現地住民の飢餓を問題にすることなく、彼らから食料を没収することを考え、これを「飢餓計画」と呼んだが、そのためにドイツ軍のソ連侵攻で亡くなったソ連の民間人の数は700万人ともされている。また、ポーランドなどでドイツが作ったユダヤ人ゲットーでは、ユダヤ人が口にできる食料は極めて限定され、肉やパンを入手できる人物は限定され、ユダヤ人の店には非常に限られた食料しかなかった。イスラエルがガザに対して行っているのは、このナチス・ドイツがユダヤ人に対して行ったのと同様な措置だが、これでは憎悪という負の連鎖は止むことがない。
先月、国連の「総合的食料安全保障レベル分類(IPC)」は、ガザでは地域全体が飢餓の危機にさらされ、深刻なレベルにあるという見方を明らかにした。人道支援活動はイスラエルによって制限され、ガザ住民の約230万人の住民の184万人が深刻な食料不安に直面し、そのうち13万3000人が最も深刻な「壊滅的」レベルにあると重大な懸念を明らかにした。
2019年12月、カブール市内に中村哲医師の業績を称える壁画が描かれたが、そこには中村医師の肖像画とともに、「この土地で、この土地で、この清らかな耕地で私は愛と思いやりを育む種のみを植える」というアフガニスタン出身のスーフィ詩人(イスラム神秘主義詩人)のルーミー(1207年~1273年)のペルシア語の詩が添えられていた。アフガニスタンの大地に愛の種子を蒔き続けた中村医師にはふさわしい詩だった。
米国の詩人、哲学者のエマーソン(ラルフ・ワルド・エマーソン:1803~1882年)は、ルーミーやサーディーなどペルシア文学の詩人に影響されたと言われ、彼もまたルーミーのように愛をテーマにする詩を残している。
「人を愛しなさい。そうすればあなたも愛されるのです。愛というものは、方程式の両辺のように、つり合っているのですから。」―エマーソン
「『変わらぬ正義』と呼べるものがあるとすれば、それは弱い者を助け、命を尊重することである」―中村哲
イスラエル国家に求められているのは、中村医師が実践したような人に対する愛であり、差別や排除では決して愛されることはなく、ただ怨みを買うばかりである。中村医師がアフガニスタンの現状が地球環境の未来にも関わっていると考えたように、ガザを取り巻く状況も人間社会の未来にも関わっている。どのように戦闘を終わらせ、ガザの平和を創造し、復興を実現するか、それらが達成するための叡智や実践が人間社会に求められているが、そのための手本を中村医師は正しく示していたように思う。
表紙の画像はNHKより