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スーフィズム(イスラム神秘主義)に影響を受け、オリエントの精神世界を背景にするボブ・ディラン

 ロシアはウクライナ南西部の港湾都市オデーサ(オデッサ)に連日攻撃をしかけ、23日には世界遺産の大聖堂の一部も破損した。ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの父方の祖父はポグロム(ユダヤ人迫害)から逃れて1905年にオデーサを離れた。ウクライナはポグロムが最も激しかったところで、「屋根の上のバイオリン弾き」の舞台ともなった。祖母のファミリーネームは「キルギス」といい、中央アジアの国名と同じで、オリエント世界と縁が深いファミリーヒストリーを印象づけている。

 ペルシア文学の詩人ルーミー(1207~73年)もまたモンゴルの侵攻を前に故地のアフガニスタン・バルフ近郊を離れざるを得なかった。そういう意味では二人の間には共通する家庭的背景がある。

イスラム教徒、ゾロアスター教徒、ユダヤ教徒の違いは、

依って立つ位置の違いに過ぎないことが理解できよう。 ―ルーミー(西田今日子訳)

https://levha.net/rumi/1291/

 ディランは1978年に雑誌『ローリング・ストーン』のインタビューの中で、「私の音楽はスーフィズム(イスラム神秘主義)から生まれたものだ」と語っている。スーフィズムは神への愛を重視し、愛によって人間を解放し、救済しようとする。彼の嫌った戦争やアパルトヘイトは「義」や「愛」とは無縁な世界だ。また、好きな歌手としてエジプト歌手ウンム・クルスーム(1898~1975年)の名前を挙げている。

 ディランの詩作を研究するラリー・ファイフは、スーフィズムに強く傾倒していたレバノン出身の詩人ハリール・ジブラーンの詩とボブ・ディランの作品を比較、検討している。

 自らを保つこと、それが生命の願望。

そこから生まれた息子や娘、それがあなたの子なのです。

あなたを通ってやって来ますが、あなたからではなく、あなたと一緒にいますが、それでいてあなたのものではないのです。

子供に愛を注ぐがよい。でも考えは別です。

子供には子供の考えがあるからです。

あなたの家に子供の体を住まわせるがよい。

でもその魂は別です。子供の魂は明日の家に住んでいて、あなたは夢のなかにでも、そこには立ち入れないのです。

(カリール・ジブラン; 佐久間 彪. 預言者 (p.19). SHIKOSHA. Kindle 版)

ハリール・ジブラーン「預言者」と映画「預言者」に触れて https://note.com/junasega/n/na9b39cfaa280

 下は公民権運動を題材にしたボブ・ディランの「時代は変わる」からの一節だ。

Come mothers and fathers

母さんたち、父さんたちよ

Throughout the land

国中にいる

And don’t criticize

どうか否定しないでくれ

What you can’t understand

自分たちが理解できないからと

Your sons and your daughters

あんた達の息子や娘は

Are beyond your command

もう思い通りにできない

 ディランの社会正義の考えは、ユダヤ教の聖典である旧約聖書や、活動していたニューヨークの左派の活動家たちに影響された。彼は、大企業が支配する経済、不平等で、ベトナム戦争に見られた軍国主義、人種主義的な考えが横行するアメリカに反発した。オマル・ハイヤームの無常観や飲酒の世界を多く詠む「ルバイヤート」の精神世界に心酔していた。「絶対的に愛しいマリー」の中には「Well, I got the fever down in my pockets The Persian drunkard, he follows me(それでおれのポケットには熱があるペルシア人の酔っ払い やつが付きまとう」(ボブ・ディラン「絶対的に愛しいマリー」)とハイヤームを「ペルシア人の酔っ払い」と形容している。彼の価値観や思索の中に表現された愛による人間の解放はウクライナで行われているような戦争とは対極にあり、強く否定されるものであることは言うまでもない。

学生街の喫茶店 https://www.youtube.com/watch?v=ZEVms3Z3pls

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