ムスリムが容易に理解できたフランス革命の理念と、「天井桟敷の人々」「枯葉」の作者ジャック・プレヴェールの戦争批判
明後日7月14日はフランス革命記念日で、日本は「パリ祭」などとも呼ばれている。1792年9月21日に共和政に移行したフランスを最初に承認したのは、北アフリカ・イスラムの都市国家アルジェだった。フランス共和国の標語「自由、平等、博愛」の特に平等はイスラムの中心を成す概念であり、アルジェの為政者や住民たちにも容易に理解できる背景があった。また、アルジェなど北アフリカではイスラム神秘主義の伝統から同胞意識も強く、その相互扶助の義務には博愛に通ずるものがあった。
フランス映画の「不朽の名作」である「天井桟敷の人々」(1945年制作・公開、日本公開は1952年)の脚本を書いたのは20世紀最大のフランスの民衆詩人と言われたジャック・プレヴェール(1900~77年)だった。劇場の最上階の天井に近く、最も安い席、「天井桟敷席」では貧しい人びとが舞台に向かってヤジや歓声の声を上げている。この映画が制作されたのは、ナチス・ドイツ占領時代で、占領下にあってもフランスの民衆のたくましいエネルギーを感するものがあった。
プレヴェールは日本でもあまりに有名なシャンソンの名曲「枯葉」の詞を書いた人でもある。プレヴェールの詩は平易で、わかり易く、『プレヴェール詩集』(岩波書店)の翻訳者・小笠原豊樹氏はその解説文の中で「この人の詩が広い愛好者の層をもつことは実は奇蹟でもなんでもありません。プレヴェールの詩を読んで味わうには、なんらかの予備知識や、専門的知識や、読む側の身構えなどほとんどまったく不必要であるからです。プレヴェールの詩はちょうど親しいともだちのように微笑みを浮かべてあなたを待っています。」と書いている。下は小笠原氏訳の「枯葉」の冒頭の部分だが、小笠原氏が言うように誰もが親しみがもてる表現だ。
ああ思い出してくれないか ぼくらが恋していた幸福な時代を
あの頃のくらしは今より美しく 太陽はもっと明るかった
枯葉を集めるのはシャベル ね ぼくは忘れていないだろう……
枯葉を集めるのはシャベル 思い出も未練もシャベルで
北風は枯葉をさらう 忘れるという名の冷たい夜のなかへ
ね ぼくは忘れていないだろう きみが歌ってくれた唄を それはぼくらにそっくりの唄 きみはぼくを愛し ぼくはきみを愛し ふたりでいっしょにくらしたね
ぼくを愛したきみ きみを愛したぼく でもくらしは恋人たちを裂く
そっと 音を立てずに 海は消す 砂の上の別れたふたりのあしあとを。
1900年に生まれたプレヴェールは、第一次世界大戦、第二次世界大戦、ヴェトナムがフランスからの独立を目指したインドシナ戦争(1946~54年)、アルジェリア独立戦争(1954~62年)などフランスの数々の戦争に接した人生だった。戦争や破壊、抑圧に反対し、戦争の犠牲になる子どもや女性に対する同情を寄せ、貧しい人々に共感をもった。また、戦争の声なき犠牲者である動物や植物の味方をプレヴェールは自任していた。戦争に対しては厳しい批判の表現を向け、戦争が絶えない現代の世界に普遍的な戦争批判のメッセージを残し、ガザに連帯・共感する人々もプレヴェールの詩に言及することがしばしばある。
「戦争」(プレヴェール作)
きみら木を伐る
ばかものどもめ
きみら木を伐る
若木をすっかり古斧で
かすめ盗る
きみら木を伐る
ばかものどもめ
きみら木を伐る
ふるい木と
ふるい根っこと
ふるい義歯は
とっておく
きみらレッテルを貼る
やれ善の樹だ やれ悪の樹だ
勝利の樹だとか
自由の樹だとか
荒れた森はおいぼれた木の臭いでいっぱい
鳥はとび去り
きみらそこに残って軍歌だ
きみらそこに残って
ばかものどもめ
軍歌だ 分列行進だ。
プレヴェールの代表的シャンソンにはやはりイヴ・モンタンなどが歌った「バルバラ」があり、バルバラという女性に呼びかけながら、先生の空しさや悲惨さを説く。
バルバラ(プレヴェール作 抜粋)
戦争のなんという愚劣さ
君は今 どうしているのか
この、鉄の
火の はがねの 血の雨のしたで
そして君をいとおしげに腕のなかに
抱きしめていたあの男は
死んだ 行方不明 いやまだ生きているのか
おお バルバラ
プレヴェールは“Si tu veux la paix, prépare la guerre”──「君が平和を欲するならば、備えよ戦争に」という危うい「積極的平和主義」を皮肉り、“Si tu ne veux pas la guerre, répare la paix” ───「君が戦争を欲しないならば、修繕せよ、平和を」という詩がある。日本でも近年「積極的平和主義」を唱えた首相がいたが、戦争に備えるよりは、やはり平和を繕ったほうがいい。
踊れ、すべての国の若者よ。
踊れ、踊れ、平和とともに。
平和はとても美しく、とても脆い。
やつらは彼女を背中から撃つ。
だが、平和の腰はしゃんとする、きみらが彼女を腕に抱いてやれば。
もしもきみらが戦争を欲しないならば、繕え、平和を」。
(Jacques Prévert ” Si tu ne veux pas la guerre, répare la paix”;1953)
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