見出し画像

【戯曲】ワタシ以上にワタシを愛してくれるひと

【登場人物】
 マリ
 父
 母
 仏
 ジル(婚約者)
 ミラ(妹)
 伯爵
 夫人

**********************************

マリ「ワタシ以上にワタシを愛してくれるひと」

■BGM1 イン■

マリ「“こんなはずじゃなかったのに…”
   私の人生はあっけなく幕を閉じた」

 母「やったわね、マリ。さすがお母さんの子」

 父「すごいな、マリ。お父さんの自慢の娘だ」

マリ「国語教師の母親と、社会科教師の父親のもとにうまれた私。
   親が学校の先生だとグレてしまう子もいるらしいが、
   私は清く正しく美しく育った。
   勉強も運動もそれなりにできて、クラブの部長や生徒会長にもなった。   
   じぶんでいうのもなんだが、非の打ちどころがない、
   完璧な人生を歩んできた」

■BGM1 アウト■

   しかし、大学入試の二次試験当日、私は高熱をだしてしまった」

 母「ここの大学はどう?おうちからも通えるし、志望校に近いんじゃない?」

 父「マリの行きたいところにいけばいいよ」

マリ「勝手なことを言わないでほしい。
   そもそも私のやりたいことなんて知りもしないくせに。
   名のある大学に入れて自慢したいだけのくせに。
   そんなこと言えるはずもなく、親のいうとおり、
   有名私立を受験することになった。
   試験の朝。
   前日から降り続いた雪がまだチラついて、数センチだが積もっている。
   会場に向かう途中、こどもが雪遊びに夢中になっていた。
   そこにスピードをあげながら近づいてくる車」

■SE ブレーキ音■
■SE 衝突音■

マリ「私は、とっさにこどもをつき飛ばし、そのまま車に轢かれた。
   こどもが泣いている。ごめんね、痛かったね。
   運転手が慌てて駆けよってくる。気をつけろよ、おっさん。
   でも、よかった。どうせ私は、人生に失敗した身だから。
   こどもが無事でよかったんだ。私はそのまま意識を失った」

■SE 鐘の音■

 仏「そして気づいたら知らないところにいた、と」

マリ「ここはどこ?あなたはだれ?」

 仏「死んだというのに落ち着いておるのう」

マリ「私、死んだのか。じゃあ、神様?」

 仏「ちっちっち、おぬしの家には仏壇があったであろう。
   それ即ち、仏教を信仰しておるということ。つまりわしは/」

マリ「/仏様?」

 仏「そう、善き行いをしたものを“ほっとけ”なーい、それが仏!」

マリ「・・・」

 仏「ちょっと、ほっとかんでくれる?」

マリ「私、転生できるんですか?」

 仏「話がはやいのう」

マリ「ちょうどよかったです、私、人生終わってたので」

 仏「ん?」

マリ「私、次は失敗しないので」

 仏「ん?」

マリ「どうぞ」

 仏「ん?」

マリ「て!ん!せ!い!」

 仏「せっかちじゃのう。まあよい。行くがよい、新たな世界へ!」

マリ「こうして、私の二度目の人生は始まった」

■SE1 なんだか召されるような音■
■BGM2 イン■

ジル「私はガゼボで冷めた紅茶を啜っていた。
   侍女が取り替えようとしたところを、私は首を振り、断る。
   新しいものは、彼女が来てからでよい。

   私はジルベール・ブランシエル。ブランシエル子爵家の次男。
   将来的にはマリーの家、モンドール伯爵家に婿入りすることになる。

   今日はマリーとの月に一度のお茶会の日。
   彼女は遅れていた。
   理由はわかっている。

   幼くして、聖女の才能に目覚めた彼女。
   その力を国民のために使った。
   貴賤を問わず癒しの力を使う彼女は瞬く間に国民の支持を得た。

   彼女は今日も、教会でその力を存分に発揮しているのだ」

■BGM2 アウト■

ミラ「ジル様」

ジル「やあ、ミラベル嬢」

ミラ「今日も姉がお待たせして、申し訳ありません」

ジル「あなたが謝られることではない」

ミラ「お優しいのですね」

ジル「優しいのはマリーのほうだ」

ミラ「でも、そのためにジル様が我慢するなんて」

ジル「私は我慢などしていないよ。
   将来的にはマリーを、モンドール家を支えていく身なのだから」

ミラ「でも、お姉さまには敵が多すぎます」

ジル「確かに、教会のしきたりには従わず、貴族を優遇することもない。
   しかし、彼女は間違ったことはしていない。
   教会内部でも彼女を支持し、改革に乗り出していると聞いた」

ミラ「それにしても、急すぎるのです。
   我が伯爵家も近頃、嫌がらせを受けるようになりました」

ジル「!? あなたもなにか被害を」

ミラ「いえ、私が心配しているのはジル様の/」

マリ「なにをおしゃべりしているのかしら?」

/ジル「マリー」
\ミラ「お姉さま」

マリ「ミラ、人様の婚約者と親しくお話するのはいただけないわ」

ミラ「はい、申し訳ありません、お姉さま」

マリ「わかればいいのよ。お待たせ致しました、ジルさま」

ミラ「失礼します(去る)」

ジル「(ミラを見送って)マリー、ミラベル嬢はあなたの心配をしていたのだ」

マリ「ご心配いただかなくても、私、失敗しませんので」

ジル「あなたが強いのはわかっている。だが/」

マリ「ジルさま、せっかくのお茶会ですわ」

ジル「・・・ああ、そうだな」

■BGM3 イン■

ミラ「それから数か月。
   教会の改革は思うように進まず、反発する貴族からの嫌がらせも続いた。
   姉はそれに対抗し、国王へ訴えを起こしたが、解決には至らず。
   貴族のなかの不穏な空気は民衆にまで派生し、
   それまで褒め讃えていた者たちが手のひらを返して、
   姉を融通の利かないカタブツ聖女と呼ぶようになっていた。

   その裏で、モンドール家のために身を粉にするジルさまに、
   心惹かれてしまった私。
   その想いを胸に押し込めようと思っていた。
   でも、ジルさまをないがしろにして、聖女の仕事ばかりするお姉さまに、
   私は怒りをおぼえた。

   大事にされないのならば、私に譲ってくれればいいのに。
   日に日に想いは強くなる。そして、私はジルさまに告白した。

   姉の婚約者で、しかもそれは、貴族の政略結婚。
   愛だ恋だなど、許されるわけないのに。

   それでも私はお姉さま以上にジルさまを愛している。
   隣りで彼を支えたい。それはお姉さまにはできないことだ」

■BGM3 アウト■

ジル「婚約破棄してほしい」

マリ「は?」

ミラ「ごめんなさい、お姉さま」

マリ「ミラ、あなた、何をしているのかわかってるの?」

ジル「ミラを責めないでほしい。これは私が決めたことなんだ」

マリ「私が働いているあいだに、婚約者の妹とよろしくやってたなんて。
   テンプレートすぎて笑えないわ」

ジル「テンプレート?」

マリ「このあとは断罪でもされるのかしら?」

ジル「私とミラは貴族籍を抜け、庶民になるつもりだ」

マリ「ジルさま、いえ、ブランシエル子爵令息。
   あなたのこと、信じてましたのに」

ジル「私を? フッ」

マリ「なにがおかしいのですか?」

ジル「すまない。でも、信じられなくて。
   君の人生に、僕は必要ないだろう?
   私は君に愛されなくても、せめて頼られるようにがんばったつもりだ。
   でも、力不足だったようだ」

マリ「なにをおっしゃっているのですか?」

ジル「さようなら、モンドール伯爵令嬢。
   あなたの幸せを祈っている。
   行こう、ミラ」

ミラ「それが私たちの見た最後の姉の姿だった。
   姉は、貴族の放った刺客に指され、暗殺されたらしい」

■SE 鐘の音■

 仏「そして気づいたらここにいた、と」

マリ「ほっといてください」

 仏「 “ほっとけ”なーいんじゃわ、これが 」

マリ「そもそも、あの世界、中世ヨーロッパ風でしたけど。
   とても仏教が信仰されてるようには思えなかったですが?」

 仏「偏見じゃ。中世ヨーロッパでも仏教は信仰されておったんじゃぞ!
   勉強が足りん!」

マリ「はいはい」

 仏「不遜な態度じゃのう」

マリ「もうどうでもいいんで」

 仏「そう、擦れるでない」

マリ「私の男を見る目がなかっただけですもんね。
   あんな男と結婚しなくてほんとよかった」

 仏「んー」

マリ「なんですか?」

 仏「(小声で)運命とは残酷なものよな」

マリ「ぶつぶつ言ってないで!だから、なんですか?」

 仏「実はのう、次ははじめっからやり直しなんじゃ」

マリ「は?」

 仏「転生ではなく、死に戻り、ちゅうんかのう」

マリ「また、あの世界?」

 仏「運命というのは、変えられるものじゃ。
   おぬしが変われば世界も変わる」

マリ「いや、どうなるかわかってるほうが対策できるので。
   私、次こそ失敗しません」

 仏「いや、失敗しても/」

マリ「/どうぞ」

 仏「・・・悔いのないようにな」

マリ「こうして、貴族としては二度目、通算三度目の人生が始まった」

■SE なんだか召されるような音■
■BGM4 イン■

マリ「よくある異世界ものの、中世ヨーロッパ風の世界。
   モンドール伯爵家の長女として死に戻りを果たした私。

   一度目の転生で、聖女の力に目覚めたのは、
   家族旅行の返り、父が賊に襲われ、傷ついたときだった。

   今回はそもそも、私が仮病で熱を出したことにして、
   旅行に行かないことになったので、そのエピソードはない。

   が、私は、独自に聖女の力を目覚めさせ、両親にバレないように、
   こっそり家を抜け出し、癒しの力で商売を始めた。

   はじめは無償で傷を癒し、次からは金銭を要求する。

   商品価値さえ認知されれば、人々は群がってくる。

   商売の基本よね。

   今世では私は私のために生きるのだ」

■BGM4 アウト■

伯爵「マリーはなんていい子なんだ」

マリ「こどもに甘い父親は、従順なふりをしておけば問題ない」

夫人「マリーさえいれば、伯爵家も安泰ね」

マリ「教育熱心な母は、勉強と貴族のマナーさえできれば文句は言われない。
   この時代の教育水準は低い。転生者の私には楽勝である」

ジル「君を支えられるようにがんばるよ」

マリ「ジルベール、こいつだダメだ。
   妹に手を出すクソヤロウだ。

   父と母に好かれているが、どうせ妹に手を出すなら、
   さっさと妹に譲ることにする」

ジル「お姉さま、大好き」

マリ「はいはい、そんなお姉さまから婚約者を奪うことになるんだよ。
   私はお前のことが大嫌いだ。
   はやくジルと良い仲になっちまえ。

   そんなこんなで表では品行方正な貴族、
   裏ではアウトロ―な癒しを生業とし、
   成人を迎える頃には、巨万の富を築いていた。

   しかし、ジルベールはいつまで経ってもミラになびかないし、
   ミラも私には懐くが、ジルには近寄ろうともしない。

   仕方なく、私はふたりをくっつけるために、
   あらゆる策を講じた。

   ふたりきりになるように、お茶会をすっぽかしたり、
   賊に襲われるミラをジルが助けるように仕向けたり。
   しかし、ふたりがくっつく様子は見られない。

   なんで?

   でも、諦めない。
   私は今度こそ幸せになるのだ。

   そんなある日、私の財産を狙った貴族が放った刺客に襲われ、
   私はあっけなく死んでしまった」

■SE 鐘の音■

 仏「そして気づいたらここにいた、と」

マリ「いつまで続くんですか、これ」

 仏「仏の顔も三度まで」

マリ「え?」

 仏「チャンスはあと一度、ちゅうことじゃ」

マリ「そうですか」

 仏「人というのはままならんもんじゃ。
   思った通りに生きられるわけではない。
   誰もが思い、悩み、間違いながら生きていく。
   ノーミスノーダメージでクリアできるほど、人生甘くない」

マリ「でも、私、失敗したくありません」

 仏「なぜ?」

マリ「なぜって、失敗なんてしないほうがいいでしょ」

 仏「人は失敗してしょっぱい思いをして成長するもんじゃ。
   目標があれば、失敗なんぞ恐るるにたらん」

マリ「目標・・・」

 仏「ようやっと聞く耳を持ったな。
   それで、次はどんな人生を送りたい?」

マリ「私は、愛されたい」

 仏「ほう」

マリ「愛してほしい」

 仏「おぬしはじゅうぶん愛されておったぞ」

マリ「そんなの、わからない」

 仏「では、今度こそ、愛される世界へ」

マリ「こうして、私の、最後の人生が始まった」

■SE なんだか召されるような音■
■SE 赤ちゃんの泣き声■

 父「おつかれさま」

 母「あなた」

 父「生んでくれてありがとう」

 母「ふふふ」

マリ「私はうまれた。
   国語教師の母親と、社会科教師の父親から。
   最後のやり直しは、異世界ではなく、現代世界だった。

   そして、私は聞く耳を持たずうまれてきた。

   聞く耳を持った途端に聞こえなくなるなんて、
   なんて皮肉だろう
   世界は私に厳しすぎると思う」

 母「(ごめんなさい、私が健康に産んであげられなくって)」

マリ「耳では聞けないが心の声が聞こえてきた。
   母はいつもじぶんを責めていた」

 父「(この子には苦労させないようにしなければ)」

マリ「父は使命感を帯びていた。

   父と母は私のことで何度も喧嘩をし、
   それでもふたりは私のために一生懸命尽くしてくれた。

   私は、前世の知識があるため、ふつうより喋ることができる。
   そのため、聾学校ではなく、普通の学校へ通った。

   心のないいじめもあったが、そんなことには負けない。

   私のことを大切にしてくれる友人も、
   私のことを大切にしてくれる家族もいる」

 父「マリは、将来、なにになりたい?」

マリ「父が、手話を交えて、尋ねてくる。

   私は応える。

   『世のため、人のためになりたい』」

 父「すごいな、マリ。お父さんの自慢の娘だ」

マリ「神様により与えられた困難に挑戦する人をチャレンジドというらしい。
   私がボランティアを始めた施設の人が教えてくれた。

   確かに、私にとってこれまでの人生はイージー過ぎたのかもしれない。
   
   私の夢は、弱者に施しを与えることではなく、
   弱者を、弱者でなくしていくことだ。

   そのために、私は、いくつか挑戦をはじめた」

 母「やったわね、マリ。さすが、お母さんの子」

マリ「両親の、私に対する申し訳なさは消えることはない。
   だからこそ、ふたりは全力で伝えてくる」

 母「愛してるわ、マリ」

 父「愛しているよ、マリ」

マリ「家族で水族館にでかけた帰り道、私は地蔵に目を止める。
   いつもは気にも止めないお地蔵さんが、雨に濡れていた。

   私は差していた傘を差しだす」

 仏「ほっとけ」

マリ「ほっとけません」

 仏「あぬしが濡れてしまうぞ」

マリ「心配してくれるんですか?」

 仏「いっつも心配しとる」

マリ「いつも見てたんですか?」

 仏「ほっとけんからな」

マリ「そうですか」

 仏「うらんでおるか?」

マリ「ぜんぜん。私、今、幸せなので」

 仏「目標は?」

マリ「絶賛、達成中です」

 仏「そうか」

マリ「次の目標もできました」

 仏「ほう」

マリ「愛してくれる人たちと同じように、私が人を愛したい」

 父「マリ、どうした?」

マリ「お父さん、お地蔵さんに傘、あげていい?」

 父「マリは優しいな」

 母「じゃあ、お母さんといっしょに入る?」

マリ「うん」

 父「いいなあ、お父さんもマリと相合傘したいよ」

マリ「じゃあ、三人で入る?」

 父「じゃあ、マリが真ん中な」

 母「あなた、そんなに傾けたらあなたが濡れちゃうわよ」

 父「大丈夫大丈夫」

マリ「ダメ、みんな平等」

 父「さすがお母さんの子」

 母「あなたは、私たちの自慢の娘よ」

マリ「お父さん、お母さん、大好き。愛してる」

■BGM5 イン■
■BGM5 アウト■

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?