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詩 「リボン」


腕になんでも容易くする能力のあるリボンを巻かれて、ほどけないように注意してなんて言われて背中を押される。
容易くするリボンは人気でなかなか手に入らないけれど、知り合いの知り合いが、あなたはできないことが多いから、と言ってわざわざくれた。
でも、できないからなんだというんだろう。
リボンはシルクでできているようで艶の中にあざやかなピンクを携えて光に当たると飛び跳ねるように輝く。
まずオレンジの皮むきがうまくできた。包丁で上から放射状に切り分ける。皮と身が綺麗に分解された。
こんなこと簡単だとリボンは言う。
わたしにとってはむずかしいのにな。
わたしにできないことが、できるようになるリボン、たとえば、ひとりきりの時にいつでも友達に声をかけて遊ぶことができる、雲の動きを見て明日の天気を当てることができる、人参をとても細かい千切りにできる、洗濯物をピンと伸ばして干せる。
容易くできるのはリボンのお陰でわたしの存在はあまり意味がないとさえ思い始める。
こうなったらリボンを身につけ続けるのは危険でお役御免なのだと聞いたがわたしは黙っていつまでもこのあやしい光を纏ったリボンを身につけ続ける。これからも。
できないわたしは存在しないものとして生きることになる。
わたしはもういない。
容易いオレンジを頬張る。

しばらくして、存在しないはずのわたしはいつのまにか水の入ったペットボトルの中にいてもがいている。リボンは気付けばわたしの腕から外れてペットボトルの外の台所にいて、ホットケーキに綺麗な焼き目をつけて焼いている。
わたしはこのまま透明な水に溺れて透明になるのだろうか。
息が続かない。水が口に入ってきて次の息継ぎができない。
リボンはこちらに気づいているのかいないのか、分からない。助けてはくれない。
手と足を思いきりばたつかせて必死に動かして体を水に浮かせる。もがき続けるとなんとか顔を出したまま泳いでいられるようになった。

そこは夜で、わたしはベッドのなか。シーツにさーっと触れて綿の肌触りを確かめる。窓の外を見ると雨が降っていて遠く街の光がポツポツと滲みながら瞬いてみせた。

「リボン」
ユリイカ 2023年7月号「今月の作品」佳作


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