死神
あるところに、惨めな子供がいました。彼の名前は「ジョイ(喜び)」。名前の通りの人生だったらこの少年はきっと、死神を見ることは無かったのかもしれません。
ジョイが八っつの時の、冬の夜の事です。ジョイは寒さと空腹で眠れないので、仕方なく、くたびれた毛布を体に巻き付けてじっと耐えていたのです。隣の部屋から、酔いつぶれた父親の大いびきが聞こえてきます。
こういう時の、ジョイの気持ちといったらどんなものかというと……おやじがこのまま朝まで目を覚まさなければいいのに。だけどあんなに大酒かっ食らって、きっと夜中に目が覚めて、おれを起こすに違いない。「水を汲みに行け」って。そうしたらおれは素早く飛び起きて、おれを起こそうとするおやじのげんこつから逃げるんだ……ジョイはそんな事を考えながら、いつのまにか眠ってしまったのでした。
***
「子供よ、目覚めなさい」
女性の声で目覚めたジョイは、目の前に真っ白い服を着た天使がいるのを見て、驚きひれ伏しました。
「ジョイよ、あなたはまだ小さな子供だというのに、ずいぶんと苦労していますね。そんなあなたは明日の朝、苦しみから解放されるのです」
天使はそう言って、ジョイを慰めたのでした。
ジョイは天使の言葉を聞き、やっと苦しみから解放されるのだと思い、涙を流しました。家に帰ってこない母親はきっと帰ってくるし、世話の焼ける赤ん坊の妹はすぐに大人になるんだ。そして酔っ払いのおやじは、酒を飲んで暴れるのをやめてくれる。そうしたらまた以前のように、楽しく生活できる。
「ありがとうございます、天使様」
ジョイは天使にお礼を言いました。すると天使は人差し指をジョイに突き付けて、こう言いました。
「明日の朝、願いは叶うからね」
ジョイは朝まで待てないと思いながらいつのまにか、眠ってしまったのでした。
そして翌朝。ジョイは寝床で、冷たくなっていました。
***
「死神さん、何で天使になんか変装したんですか。ジョイ君はすっかり騙されて喜んで、見ていて何だか気の毒でした」
新米死神秘書のグレースが、死神のした事に対し棘のある声で批判をしています。すると死神は
「彼が望む姿で現れた方が、彼が喜ぶと思ったんだよ。他に理由があるのかい」
そう言って、紙巻煙草に火を点け、ふっふっと吸い口を吹いて煙をモクモクさせてから、煙を口の中に溜めて、ポッポッと煙で輪っかを作って遊び始めたのでした。そうして死神は、煙草の臭いを嫌がるグレースを、部屋から追い出したのでした。
「かわいそうな人間には、夢を与えてやらなきゃな。それが、俺たちデーモン族の仕事というものだ」
死神の応接室の中央にある、豪奢な絨毯に寝そべる猫だけが、死神の呟きを聞いたのでした。
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