見出し画像

ファイターズの中田翔が消えた日

あの時のことはよく覚えている。

旅先のニセコ。食事を待つ間にドリンクを取りに行き、席に戻ろうとしていた時だった。スマホを手にした友人が席から私の顔をじっと見ている。ひきつった顔で、何事かが起きた雰囲気だ。
「なに、どしたの?」私は席に戻りながら尋ねる。
「驚くから、まずそれ置いて」「え、なに」。
ドリンクをテーブルに置き、椅子に座る。
「ニュース見てみ」「なに、え、待って」
嫌な予感がし、まさかと思いながら震える指で自分のスマホを開く。

中田翔の電撃移籍を、私はそうして知った。


2021年8月4日。中田は試合の途中で姿を消した。「まだ腰の調子が良くないのかな?」私はその月の後半に札幌ドームで観戦する予定だったから、早く中田が戻ってくるといいなと思って待っていた。
しかしその後、なかなか新たな情報が入ってこない。「どうしたんだろうね?」「よっぽど腰の具合が悪いのかな」。
そんな心配をしていた矢先、8月11日。チームメイトへの暴力行為で中田は出場停止処分を受けたと発表される。
「噓でしょ」「何やってんだよ」。私と友人は嘆く。

しかし、この時点ではまだ中田はいつか戻ってくると信じていた。

だって、ファイターズの主砲・中田翔だぜ?反省して、謝罪して、しばらく時間はかかるだろうけれどまたファイターズのユニフォームで、復帰後はまた去年みたいにホームランを量産してくれるのだろう。札幌ドームでの現地観戦は8月22日だ。それまでに、間に合うと嬉しいな。

と、思っていたんだ。


8月17日。私は新千歳空港に降り立つ。ファイターズオフィシャルダイニングで朝食を取り、電車で移動。

北広島の新球場建設地を車窓から眺め、札幌駅に到着。

札幌駅にはファイターズのパネルコーナーがある。さらに、モバイルスタンプラリーが開催されており、道内のいくつかの駅でファイターズの選手とAR記念撮影ができるようだ。

18日。札幌駅前のファイターズオフィシャルショップに行く。地下道の広告には中田の姿がある。

すすきのの例のニッカウヰスキーの看板のすぐ横にはボールパークの広告が出ている。

2023年。その頃には、誰が主軸となっているだろうか。若手ももちろん応援するけど、でもやっぱり中田にどっしりと構えていてほしいな。だって私が人生で初めて買ったユニフォームが背番号6・中田翔だ。若手を導くベテランとして、新球場でももちろん活躍してほしい。

19日。苗穂の室内練習場を見に行く。一軍は神戸で試合だからここにはほとんど選手はいないだろう。でも、中田がリハビリでいたりするのかな。いるといいな、元気だといいな。

札幌駅でスタンプラリーを思い出し、撮影する。

上沢直之投手だった。そのあと移動した小樽駅でも撮影する。中田だった。


そして20日。午前中はカヤックで川下りをしたりなんかして、北海道の夏の終わりを満喫した。それから友人の運転でドライブをして辿りついたレストランで、
私たちは、スマホを手に絶句することになる。




22日、デーゲームの札幌ドームに向かう。

ドーム最寄りの福住駅には、中田翔のタペストリーが残っている。

球場グルメ紹介からは、中田翔の名前が消えていた。


コンコースでの赤い羽根募金に協力する。記念のグッズに中田翔のクリアファイルがあったので、もらった。ファイターズのユニフォーム姿の中田。鋭い目つきの中田。笑顔の中田。ねえ、これが最後のファイターズ中田翔の姿かよ。どうしてだよ。どこに行っちゃったんだよ。札幌ドームには、背番号6のユニフォームを着たファンが、中田翔の名前の書かれた応援タオルを掲げるファンが、まだこんなに、こんなにいるのに。

中田だけがいない。

スタンドで私たちは、中田のいないスタメン表を見上げ、中田のいないグラウンドを見渡し、すれ違う見知らぬファン同士、心の中で会話した。「中田が、いないですね」。
知らない場所で親とはぐれてしまった子どもの頃を思い出した。

その試合は楽天を相手に上沢が先発し、2対1で勝利した。
しかし、中田翔は不在だった。
私たちの前からファイターズの中田翔は姿を消してしまった。



あれからそろそろ1年が経つ。
ファイターズは監督も代わり、若手選手たちが躍動するチームとなっている。今は今で、応援する選手はたくさんいるし、この先だって楽しみだ。
でも、ファイターズに中田翔がいないことが、なんとなくあの日のまま、宙ぶらりんのまま、はっきりとした着地点をみせずに私の心のなかでうろうろしている。
もう今さら、なんでファイターズで会見させなかったのかとか、責めるつもりはないよ。だって、そんなことしたって何の意味もないから。
ただ、今ほかのチームのユニフォームを着た中田翔が活躍する姿を見て、ほっとするような安心するような気持ちとは別に、やっぱり少しだけさみしさがあるんだ。
私が初めて纏ったユニフォームは、ファイターズの中田翔、あなただったから。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?