ハハ×派遣×芸大生

2022年4月から、私は大阪芸術大学 通信教育部 芸術学部 音楽学科に3年次編入学しました。
1999年3月に1つ目の大学(今は亡き外国語学部 英米語学科 国際関係専修)を卒業して23年。
就職氷河期の中、何とか親のコネで就職、結婚(直後の夫の休職😅)、2人の子供に恵まれ、現在夫・長女・長男・私の4人家族。
子どもが生まれてからは、派遣会社で事務職メインの仕事をしています。
途中医療系の事務の勉強、病院の底辺の仕事(笑)も経験しましたが1年で辞め、今は家から歩いて10分ほどの大企業の研究所に派遣されて事務のお仕事、5年目になります。

この様に23年の間、音楽とは縁の無い生活を送ってきた私が何故芸大通信の音楽学科に編入したのか。
それは、幼少期〜10代までのヤマハ音楽教室J専経験、ピアノを習っていた時期の、自己肯定感ゼロだった私の黒歴史を塗り替えたいと思ったからかもしれません。

私のJ専時代はまさに暗黒の時代でした。殆ど覚えて無いのです。
あまり成績は良くない方でした。
小2の頃が一番ひどかったらしく、その年に作った曲のタイトルは「ひとりぼっちのまほうつかい」無調の曲でした😂
小4の時「カントリーダンス」という曲を作れば、「田舎の踊り!」と講師が高笑いした事くらいしか記憶にありません。
J専を卒業してもJ専の呪縛は解けず、近所で個人レッスンをしていた元J専講師に習いに行く羽目になり、「J専を卒業したんだから演奏グレード5級は取っておかないと」と変なプレッシャーをかけられる始末。元々、J専もピアノも父親の意向が強く、辞めたくても辞められない、とイヤイヤ習っていただけだったのです。
(今考えると、なんと勿体無い…もう少し自分から色々意思表示をするべきだったと反省しています)

そんなわけで自分の子どもには、音楽に苦手意識は持ってほしくないけれど、あえて音楽教室に通わせる必要性も感じなかったため(これには私のヤマハ音楽教室に対するトラウマも大いに関係はあります)、音楽系の習い事は小学生までしませんでした。

しかし、吹奏楽アニメに家族でハマってしまい、小2のころ長女が「トランペットやりたい」と言い出したのです。

トランペットったって…どこで教えてもらえるんだ?と思っていたところに、町内の私設音楽サークルが発足し、トランペットを吹かせてもらえる環境が出来てしまいました(笑)

トランペットは大人でも子どもでも同じ大きさの楽器です。上部の3個のピストンを押して音を出すし、それさえできれば小学生でも演奏は可能なのです。
なんだかんだで、そのまま長女は継続して中学生になり、念願の吹奏楽部に入部しトランペットパートとなりましたが。

その音楽サークルで、初心者向けの曲の楽譜を担当したのがきっかけで、私の音楽活動が再開したのでした。

そこで色々既存曲の耳コピ、ハモリなど考えているうちに、もっと良いフレーズはできないだろうか、他の先生に頼らず自分でドラムやベース、ギターの打ち込みなどできたら良いのにな…と思い始めました。
そしてもう一度、音楽を勉強し直したいけれど、どこで教えてもらえるだろうか…と悶々とする日々が続きました。

その時、見つけたのが大阪芸術大学 通信教育部 芸術学部 音楽学科 でした。
2回、大阪市内で行われた説明会に行きましたが、話を聞いて考えているだけではどうにも埒が開かない…。

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そして、現在に至る(笑)

色々と、不満もありますが😅、自分の選んだ道。まだまだ勉強不足ですが、ぼちぼちやっていきます。

時々、折に触れて長文書けると良いなと思いますが…それより、レポート課題仕上げなきゃね…😓

これで、1500字程度ですってwww

それでは、また。