無題

大杉漣・映画の中のたおやかな紳士—―『蜜のあわれ』

(初出:旧ブログ2018/03/01)

 石井岳龍(10年に聰亙から改名)といえば、『狂い咲きサンダーロード』に代表されるようなパンキッシュで硬派な作風を思い浮かべる人も多いと思うが、「蜜のあわれ」はその対局にある映画だ。室生犀星の小説を映像化したこの作品は和の風景の美しさと、役者の色気と愛嬌がいっぱいに詰まった、血の通った俳優の精気を感じられる作品だ。

 老作家(大杉漣)の元に金魚が人間に身を変えた”赤子”なる女の子(二階堂ふみ)が現れる。笑顔いっぱいに老作家を振り回しながら楽しく暮らしていると、そのさまを羨んだのか、老作家作家の過去の女・ゆり子(真木よう子)が化けて現れる。2人は反目しつつも、時にスラップスティックに追いかけあったり、失恋を慰めあったりと、不思議な絆が生まれてくる。二階堂、真木両者の持ち味である、目つきひとつで観客を惹きつけることの出来る演技を、昔ながらの「正統派」な女優の演技をあらゆる角度で楽しむことが出来る。

 そして金魚と幽霊からという、奇妙奇天烈なモテ方を何一つ違和感無く演じるのが、2月20日に急性心不全で亡くなった大杉漣だ。スクリーンという四角い枠の中にもいるにも関わらず、持ち前の柔軟さをもって、いつでも長身ならではの大きさを魅せることの出来る、稀有な「たおやかさ」を持った俳優だった。『蜜のあわれ』で見せた和装も、北野映画で見せた極道の着こなしも、さらには大俳優にも関わらずJリーグ・徳島ヴォルティスのサポーターとして、一般人に混じって普段着でゴール裏スタンドからピッチを見つめる姿も、どれも一様に佇まいを醸し出していたのは、その「たおやかさ」からなのだと思う。
 とにかく「ハズレ役」に無縁な俳優だった。もっともっと大杉「ならでは」の演技が見たかった。


#映画 #大杉連

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