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ほんのちょっと当事者 読みました

青山ゆみこさんの
「ほんのちょっと当事者」という本を読んでいます。

軽い気持ちで手に取ったけれど…
どんどん読めちゃうんだけど…
どーーーーーんと自分の心の中にある黒い部分に言葉が刺さるというか…
あんな事もこんな事もあったな…とか思い出してまたどーーーーーんとなる
けれどもほとんど最終段階まで読み進みました。

当事者って言葉
そもそも障害のある子どもが生まれる前までは意識していなかったかも…。
もちろん子どもが生まれてからは、子どもが障害当事者になるわけなのだけれど…。
でもだんだん成長するにつれ、子ども自身はもちろんの事。それにまつわる私の困り事ももちろん、それに関わっている自分が加害者的な部分もあるのかもしれないし、またその加害者的な部分は私の中のなんらかの当事者だったかもしれないとか… そんな事を思うとこのタイトルの「ほんのちょっと」って言葉がなるほどなって思ったりしています。

子どもが見せてくれた世界の中で、「知った」事が私の目を開かせて、当事者感覚を持ったのだけれど…。
当事者感覚を持つって知らない事にはその感覚を持てない訳で…。
どこまで行ったって、知らない事は出てきて…。
どこまでもどこまでも一人ひとり本当に違う大切な命を大切に出来るのだろうか?って思ったりします。

なので、文中の
>「事実をつくる」
という言葉が、とても響きました。
(詳しく内容はぜひ、この本を読んで欲しい!)

知った事。
関わった事。
感じた事。
その事実を作る。
それが今の私を作るし、その今の私が未来を作っていく。
だから、事実をつくる・意識をするって本当に大切だなって思います。




この社会の言葉に捉われないで自由に生きる。
そんな事、どうしたって逃れることは出来ないのだけれど、いろんな人を知る事、出会う事で「困り事」が変わっていくかもしれないなって思ったりします。

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