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私の原点『炎のボレロ』

「タカラヅカって、ほんとに楽しい!」

彩風咲奈さん主演の『炎のボレロ』の感想をひと言にするなら、こんな単純な言葉になる。

『炎のボレロ』は、当初、『Music Revolution! -New Spirit-』との二本立てで全国ツアーの演目として企画されていた。この作品を観るのをとても楽しみにしていたのだけれど、 コロナ禍の影響で梅田芸術劇場だけでの上演となり、観劇は叶わず、ライブ上映でのスクリーン観劇となった。なのに、その二本立ては、それを差し引いてもなお余りある、宝塚歌劇の楽しさを凝縮したような楽しい作品だった。

「タカラヅカって楽しい!」
「これがタカラヅカだよね!」
初めて宝塚歌劇の楽しさを知った人のような気分。

宝塚歌劇を長く観ていると、たまにこういうふうに、観劇者としての原点に立ち戻るような作品に出会うことがある。そんな作品に出会ったときのしあわせったらない。

その作品のほとんどは芝居とショーの二本立ての形態だ。タカラヅカらしい二本立て。つまり「宝塚歌劇でしか観られない」演目だ。今でこそ、宝塚歌劇でも、ミュージカル作品や原作付きメディアミックス的な話題作を頻繁に上演するし、反対に宝塚初演の作品が外部で上演されることも珍しくはない。実際に、そういう作品のほうが大きな収益を上げてもいると思う。でも、宝塚歌劇の中心にあるのは、「宝塚歌劇でしか観られない」演目だ。この軸がきちんと存在しているからこそ、冒険的な作品やメディアミックス、ミュージカルもできるのだと思う。

前置きが長くなったのには訳がある。1988年に上演された『炎のボレロ』は、日向薫さんの星組トップお披露目作品として作られた作品で、日向薫さんはわたしの「はじめての贔屓」。この作品には、何度も何度も何度も通ったし、今でも隅々まで思い出せる。

そんな特別な作品だから、再演されると知ったときには、本当に驚いた。わたしにとっては大切な作品だけれど、日向さんのお披露目のためにアテガキされた作品であり、主人公はいつもの柴田作品に登場するキャラクターとはちょっと違う。お話には荒さがある。それは当時から宝塚ファンの間では共有されていて、そこを突っ込みながら愛でていた。いずれ再演されるような佳作だとは、大喜びで観ていたわたし自身が思っていなかったのだ。

その作品が30年以上の年月を経て、2020年代に突入し、恋愛観やジェンダー意識が変わってきているいまの日本で「再演」される。

再び『炎のボレロ』を観られること、それも、初舞台から陰ながら応援している咲ちゃんがネッシーさんのアルベルトを演じるのは本当に楽しみだったけれど、だからこそ、どうか、どうか「作品が古いよね」「女性観が古いよね」「なんでこの作品を選んだんだろう」なんてことを誰かから言われることがありませんように……。

そんな複雑な気持ちで楽しみにしていたのだけど、ご存知のように、この作品が千秋楽を迎えるまでにはいろいろなことがあった。まず、2020年の2月、新型コロナウイルスの感染が一気に広がり、すべての宝塚歌劇公演は中止になった。カテリーナ役の潤花さんが公演後に宙組に組替えになることが決まった。その後の経過で、8月に梅田芸術劇場での上演が決まったものの、ウイルス感染の可能性があり、またしても公演は見直しに。その後の努力で、やっとこの梅田芸術劇場での上演にこぎつけたのだ。

そんな事情と、私が初めて宝塚歌劇を観た頃の作品であることも影響しているのかもしれない。けれど、ともかく、再び出合った『炎のボレロ』は、本当に楽しく、新鮮だった。

第一に、主演の男役さんがカッコいい。二番手格の男役さん、娘役さん、彼ら彼女らのまわりを固める人たちもみんないい。意外に役が多く、いろいろな人に見せ場が用意されている。ご都合主義で、突っ込みたいところ、「ちょっと待って」と言いたくなる場面やセリフもたくさんある。でも、お話はとても分かりやすくて、ダンスや歌の場面がいろいろな組み合わせで出てくるので飽きないし、うまく乗っていける。

第二に、音楽が覚えやすくて、とてもいい。歌詞はときどき、ちょっと面白い。でも、それも「タカラヅカらしさ」につながっていて、ほほえましく感じる。トップスターとタイプが違う二番手男役とのかけあいの場面が楽しい(日向薫さんと紫苑ゆうさんがいたからという組事情は当然ある)。娘役歌手の見せ場もある。

第三はダンス。第四はロマンスがあること。第五、どんなことが起ころうとも、最後まで楽しい気分で観ていられる。後味のよいカタルシスがあって、力を与えてもらえること。

観劇はできなかったけれど、終演後は、席を立った人みんなが笑顔だったのではないだろうか。

「楽しかったねえ」
「宝塚らしい作品だったね」

こういうシンプルな感想こそが、大衆の娯楽コンテンツとして生まれた宝塚歌劇に対する最高の褒め言葉だと思う。

誰もが楽しめ、気晴らしになるようなこういう芝居とショーの二本立てが、宝塚歌劇のクラシックなんだということを、いま改めて教えられたような気分。30年以上たったから見えてきたこともあるんだろう。当時とは違う所で

近年の宝塚歌劇では、作家と呼べる優れた作品を生み出せる演出家も誕生していて、たとえば上田久美子さんの作品はとても楽しみだ。面白い企画、冒険的な企画、通好みの作品にもどんどん挑戦していってほしいけれど、こうしたクラシック作品の良さも引き継ぎながら、ていねいな作品づくりをしていってほしいと思う。

コロナ後のタカラヅカでは、自力でどれだけのことができるかが試されるわけで、原点に立ち返るいいチャンスと捉えることもできるかもしれない。ビジネスとしては相当厳しいはずだけれど、この機会を利用して、今後の宝塚歌劇のあり方を検討していってほしいと思う。特に、ここでは詳しく書かないけれど、現代の女性観や価値観、ジェンダー観を、もっと作品やスターの使い方に反映させてほしい。

■雪組の『炎のボレロ』

『炎のボレロ』に話を戻すと、そういう意味では、潤花さんのカテリーナは、現代女性っぽくてとてもいいなと思った。彩みちるさんのモニカも、男性に尽くす耐える女のような設定だけれど、愛に生きる強さや、自分で運命を変えようとする強さが見えているところがよかった。

30年以上前に書かれた作品だから、設定が古いと思い込んでいたけれど、今の雪組版を観て、いやいや、そうでもないし、柴田先生、結構現代的な作品として作ったのでは? と感じた。

「父親を殺された復讐を果たすこと」にとらわれていたアルベルトが、人と接することで、仲間たちと連帯して、父親が殺されるような社会のシステムを変えようと気づく物語であるし、対立する相手とも、きちんと話をしようとする。登場する仲間たちは、悪事をはたらいた者、敵側の者も仲間に迎え入れる。バリッバリの軍人で、その女性に対する扱いに問題のあったジェラールも、最後には恋人と生きることを選ぶ。

当時は、柴田先生らしくないキャラクターであることが少々不満だったけれど、30年以上たったいま、柴田先生がネッシーさんのキャラクターを反映してアルベルトをつくってくれたことが隅々から伝わってきて、改めて感動してしまった。

「働いて貯めた虎の子」のほとんどを、通りがかったきょうだいのために使って、それが詐欺だったと気づいても、「やられた」とばかりに笑っていられるなんて、どんな育ち方をすればそんな王子のような青年に育つの? なんて思うけれど、いつもおっとりとしていた日向さんなら納得できるし、カテリーナに出会って、「うん、いい!」と軽い調子で言っちゃうのも、自分から見せつけたりはしないけれど胸の中に熱いものを持っているのも、どれもネッシーさんのパブリックイメージから出てきたものだと思う。

そして、そのアルベルトが、彩風咲奈さんにも見事に合っていた!(こういうところ、劇団は本当に分かっているなといつも感心する) それも、『炎のボレロ』がこんなにも楽しかった理由の一つだ。

咲ちゃん。ネッシーさんのイメージが残る、あの衣装を着こなしていたのはもちろん、お芝居も素直に、きめ細かく演じていてとてもよかった。ダンスもさすがの出来。今回の振り付けは安寿ミラさんが担当したということだけれど、全体はオリジナルの謝珠栄さんの振付をそのまま使い、細部を少しアレンジした格好。オリジナルは大劇場での上演だったので、セリや盆回しをフルに使っていて、特にアルベルトとカテリーナの「ボレロ」の場面は盆がない分、咲ちゃんと潤花ちゃんをきりりと踊らせていて、本公演とは違うダンスのダイナミズムが生まれ、見ごたえがあった。歌も、とても歌いやすそうでよかった。

潤花さんのカテリーナ。明るい雰囲気とよくあっていたし、華やかでとてもよかった。一つダメ出しをするなら、最初の登場シーンの笑い声かな。「見たところお金が有り余っているようには見えない」青年が大金を悪い奴らに払ってしまったのに、あんなに気持ちよく笑っているのは、人として問題があるのではないかと…。潤花さんの魅力が華やかな笑顔だということは誰しも知るところだけれど、笑顔とほほえみと笑い声をそれぞれ深めていくと、お芝居がもっと豊かになると思う。

咲ちゃんと潤花さんのコンビが大好きだったので、本当に寂しいけれど、目の前の役を演じることが役者の宿命だものね。宙組のおおらかな組風には合いそうな気がするので、活躍するのを楽しみに。

ジェラールは朝美絢さん。紫苑ゆうさんとは違うタイプだけれど(同じタイプはそうそういらっしゃらないと思う)、歌も聞かせたし、とてもすてきでした。

ドロレス伯爵の奏乃はるとさん、オノリーヌ伯爵夫人の千風 カレンさん、ウパンゴの透真かずきさん(名前が似合いすぎ)、タイロンの真那春人さん、カルメンの杏野このみさん……。雪組らしい誠実な役作りで、みんな役にぴたりとハマっていて好演。

ブラッスール公爵の久城あすさんが、一人ひねった役どころだったけれど、本人のキャラを生かしながら、面白く作り上げていて今回も感心した。個人的お気に入りは、個人的お気に入りは、カテリーナの弟・テオドールのゆめ真音さん。いつ見ても、よくデキる子です。

そして、いつでもどこでも生のオーラではちきれそうになっている縣千さんのフラミンゴ(フラミンゴの縣千じゃなく)。麻路さきさんの演じた役で、セリフが多くはないのに謎のボス感が出ていて微笑ましく、舞台で観ていたとしても、つい見てしまっただろうなという。革命軍の仲間たちも、みんな元気でよかった。

■彩風咲奈さんが次期雪組トップに

9月4日、おめでたいニュースが届きました。

雪組 次期トップスターに彩風咲奈、次期トップ娘役に朝月希和が決定しましたのでお知らせいたします。
朝月希和は、2020年11月16日付で花組から雪組に組替えとなります。
なお、彩風咲奈、朝月希和の新トップコンビとしてのお披露目公演は決定次第ご案内いたします。

咲ちゃん、希和ちゃん、おめでとう!

朝月希和さんとのコンビ。どんなお披露目作品になるんだろう。
既存の作品から想像すると、『スカーレット・ピンパーネル』とか似合いそう。『エリザベート』もいつかは観たい。

『Music Revolution! -New Spirit-』については改めて書くつもりだけれど、なんといっても素晴らしかったのがジャズの場面。咲ちゃんを観たときに、大浦みずきさんが『フォーエバー!タカラヅカ』で踊った「ラプソディ・イン・ブルー」の場面を思い出した。セットと衣装の雰囲気も似ていたし、咲ちゃんには、なつめさんが演じた作品をやってもらいたい。

そういえば『炎のボレロ』の次に上演されたのが、なつめさんとキャル(ひびき美都)さんのお披露目作品『キス・ミー・ケイト』だった。いまの咲ちゃんなら、『キス・ミー・ケイト』行けるんじゃない? と思いついて、勝手にうれしくなってしまった。でも、お話的にちょっと問題があるかしら。役も少ないしなあ。

『ベルサイユのばら フェルゼン編』というのもありそうだけど、これはできれば通り過ぎてもらいたい。

しっとりとした和物作品もできそうだし、悲恋物や大人っぽい作品もできると思う。ハッピーなミュージカルもできるね。

ここ数年の雪組は重い作品が多かったので、明るいラブコメをやってもらいたい気持ちも強い。雪組の作品では、『Romans de Paris』『君を愛してる』『ロシアンブルー』なんか大好きだった。

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そんな妄想はともかく。2020年の今、こんなすてきな『炎のボレロ』が観られて、しあわせでした。

千穐楽のあいさつで、咲ちゃんが「俺はいつも一生懸命 生きて 生きて行く」という柴田先生の言葉に力をもらったと話していた。

「俺はいつも一生懸命 力の続く限り
 俺はいつも一生懸命 生きて 生きてゆく」

こんな素朴な言葉が、確かに、いま、とても心に響く。素直に、一生懸命に。そんな言葉が、来年にはトップスターにならんとする咲ちゃんに、今でもよく似合っているのもうれしい。

わたしはといえば、初演当時、「一生懸命」という言葉に気恥ずかしさを感じていた。「一生懸命」が恥ずかしいなんて、それこそ恥ずかしいことだったと、あの頃の自分にダメ出し…。

『炎のボレロ』は、私の原点なのかもしれないなあ。タカラヅカ・ゼロ地点。『炎のボレロ』だけじゃなく、あの頃に観たタカラヅカが。

そんなことを思い出させてくれた、2020年雪組の『炎のボレロ』でした。いつか、この作品で、彩風咲奈さんの雪組が全国ツアーできますように。思いのすべてをこぶしに込めて、高く高く―



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