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ストックホルムの夏*『 いだてん』第12回「太陽がいっぱい」

■現実は思い描いたようにはならない

『いだてん』が面白い。

毎回、刺さりまくりなのだけど、オリンピックに出場するためにストックホルムに渡ってからは、ホント、ダメだ(笑)。

先週(第11回「百年の孤独」)の三島弥彦の挫折っぷりはたまらなかった。初回からずっと見てきて、「お。またやってますね」としか思わなかったのに、彼の中の弱さにふれて、生田斗真の弥彦にぐらっと来た。人はこうやって恋に落ちたりするんだろう。ちょっとだけはっとした(笑)。

そして今週は、四三(中村勘九郎)のターン。ストックホルム・オリンピックで、マラソン競技が行われるのだ。

「楽しんで走りたい」
「最後は、笑顔でゴールすると、それだけは決めています」

とかなんとか弥彦に言ってたよね、四三さん。なのに…。現実は、全然思い描いたようにはならない。現実は、ぜんっぜん、美しくない。

試合当日、引率の 大森は相当に具合が悪く、フラフラだ(こんな竹野内豊がまた、とってもいい)。そんな調子だから、市電に乗り間違え、道に迷い、道ばたにへたり込んでしまう。競技場になかなか着かない。

病弱な父が道ばたにへたりこんでしまった幼い日の四三さんがオーヴァーラップする。あのときの四三は、小さくて、父をおぶうことはもちろん、元気づけることもできなかった。でも、今は違う。大森に声をかけ、おぶって歩いていくことができる。

第2回「坊ちゃん」に描かれた熊本での幼年時代の苦いエピソードが、また一つ、ここに回収された。よかったね、四三。

■人はなぜスポーツを見るのか

スタジアムには到着したものの、この時点で四三はHPとMPを相当使ってしまった。それを知っている私たち視聴者は、もうつらい思いでいっぱいだ。

スタートにも遅れてしまう。どうなる四三。後の世界の志ん生(ビートたけし)の落語が実況する。スタジアムでは、治五郎さんたち応援団は、スタジアムで国旗の入れ替えを見守るのみ(当時は、順位を知る唯一の手立てだったらしい)。

よくあるドラマや映画だったら、派手な音楽を流したり、CGや映像技術を使ってドラマチックに描くところだけれど、もちろん『いだてん』撮影班はそんなことはしない。競技場での映像は、あくまでも治五郎さんたちの視点。肉眼と双眼鏡を使って、必死に姿を追う。

競技場を出て、ストックホルムの田舎の道を走っている四三を、同じスピードでカメラが追っていく。

同じころ、東京では、初めての高座を前にして、やっぱり調子が上がらなかった孝蔵(若き日の志ん生、森山未來)が、浅草から日本橋へクルマを引きながら「富久」の稽古をしている。シュールな画になっていてカッコイイ。

走る四三と、走る孝蔵のカットバックにしびれる。『いだてん』では、毎回走るシーンを楽しみにしているのだけど(人であれ、自転車であれ、汽車であれ)、今日の走りも恰好いい。大友さんの音楽も恰好いい。

スヤさん(綾瀬はるか)たちも、鯛とお酒で熊本から大声援を送っている。

走る。走る。走る。志ん生も煽ってくる。もしかして、四三さん、いいとこまで行っちゃう? 期待がふくらんでいく。

しかし、強敵が待ち受けていた。外国人選手でもなく、記録でもなく、プレッシャーでもない。太陽だった。

気持ちよく、どんどんどんどん走れると思ったのにね。暑さに四三の意識が朦朧としてくると、ちび四三が現れた。

「はよ行かんと、遅れるばい」
「足、痛かと? 苦しかと?」

ちび四三が伴走者だった。四三を勇気づけ、間違ったコースに案内したのかもしれない。ここで命を落としてしまわないように。

四三が意識を取り戻すのは、ホテルのベッドの上だった。日射病だった。「笑顔でゴールする」ことすらできなかった。なんとむごい終わり方か。

「すいまっせん」「すいません」「すいません」と、ただ、繰り返す四三の姿が痛々しくて見ていられない。謝る必要なんかないのに。

どんなに努力をしても、勝てなかったり、届かなかったりすることがある。やるせない。本当にやるせない。

このなんともイヤな感じは、わたしもよく知っているものだ。

応援しているサッカーチームが勝てなくて勝てなくて、まさか、こんなことは起こらないだろうというような悲劇的シナリオを、奇跡的に現実のものにしてしまう。そんな光景を何度も見てきた。それもごくごく最近に。

夢はいつももっている。選手たちが努力しているのも知っている。選手たちを見ていると、うまくいくような気がしてくる。でも、試合が始まると、ほとんどの場合は思いどおりになんかいかない。

それでも、落胆したり、文句をいいながらも、気持ちを切り替えて、1点でも勝ち点をもぎ取れるように、選手たちは努力をする。サポーターは応援をする。

スポーツってこういうものだ。

莫大なお金とコネクションを使ってオリンピックを誘致し、国民の目を向けさせ、熱狂させるために素晴らしい「結果」を待っている国の権力者たちには永遠に理解できないだろう。大きい広告代理店とメディアが作り出す陳腐な「夢」や「感動」や「レガシー」みたいなものと一緒にしてほしくない。

『いだてん』に描かれたストックホルムは素晴らしかった。

1912年に開催したオリンピックの競技場や、マラソンコースになった自然豊かな道が変わらずに残っているんだもの。これこそレガシーじゃない?

■ストックホルムの草花と播磨屋の黒い足袋

本当につらい、苦しい回が続いたけれど、ストックホルムの夏と、画面のはしばしに散見できる美しいものたちが心をなぐさめてくれた。

ベルイマンの初期の映画のようにみずみずしい川、野原。四三と弥彦が裸で水浴びをした川。白と黒の馬が遠くを走っていたショットもきれいだったな。そして、先週だったと思うけれど、ホテルで四三が押し花を作っていたシーンが好きだった。故郷の野山を思い出していたのかな。

そして、もうひとつ、美しかったもの。

日射病でベッドに横たわっていた四三がぎゅっと握りしめていた播磨屋さんの黒い足袋だ。

第10回「真夏の夜の夢」の最後に、「ストックホルムまでは2週間かかる。早く送らなきゃ」と笑っていた足袋の播磨屋店主、黒坂辛作を演じていたピエール瀧の姿を『いだてん』で見ることはもうないかもしれない。

ストックホルムの田舎道を黒い足袋で走る四三の足を映したショットが泣けて仕方なかった。

見ることのできなくなったシーンがあるんじゃないだろろうか。

……いや、やめよう。見られなかったシーンなんか、きっと限りなくあるのだ。

そんなことより、次の第14回では、四三の「快眠」と「快便」が復活していますように。そして、ジュビロ磐田も、勝てないループから抜け出して「快勝」しますように。

よろしくお願いします!

元祖播磨屋さんが載っていたので、今さらながら買ってしまった。


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