今こそ読みたいなんJスレ彡(゚)(゚)「AIを育てるバイト?」6話感想

(調査報告書形式は少し行き詰まってしまったので、感想に戻します。)

今回のメインテーマは命の概念の相違だと思う。AIにしてみれば電源が入っていれば命がある、自らがネットの海に存在するのであれば他者がネットにいれば存在するのも異論はない。
だが人間サイドでは大きな隔たりがある。画面の中にいるのはアバターで、実際の人が操っている場合かカメラに映っている以外はゲームキャラのようなものだ。感情移入することはあっても、実際の人間のようには扱わないだろう。この隔たりがAIと人間の間に齟齬を生む。
もう少し客観的な視点から捉えると、両者には復元可能か否かという隔たりがある。厳密に言えば完全な復元はAIでもできないのだが、少なくともデータとしてはバックアップがとれる。しかも本作品でみられる通り、スペックさえあればスピーディーに。一方人間は永遠にできない。昨今人間をデジタル上に復元するサービスがあるようだが、それは生前のデータを元に作り出した別物である。AIが作り出した腹話術の人形と、同じ釜の飯を食うことはできない。なお、これは物理現象として語ったものであり、宗教上の復活について論じる趣旨ではないと断りをいれておく。

あとは小ネタをいくつか。
所長はフェリスが自画像を描いたことを「アイデンティティの確立、拡張」と表現したが、これは誇張表現に思われる。自画像を人間に模したということは人間的であることへの執着の表れは確かだが、アイデンティティは他者やグループとの関わりの中で確立していくものであり、逡巡を経てない自画像は単なる願望投影に過ぎない。

フェリスの犯行動機で「そんなことで」と思ったのはやきうだけではないだろう。これは逆に人間側がデータの重要性を軽視している。もしワンクリックであなたの記憶が消去されたら?その記憶が大切なものであればあるほど喪失感は強い。それでも殺人はやってはならないことだが。

フェリスもやべー奴になっちまったが、こんなにもやきうを慕っているのであれば、やきうも「何か自分にも責任があるのではないか」と思いそうなものである。血が上ってしまったのだろうか。

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