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初劇団☆新感線 ゲキシネ ジパングパンクの感想


品川プリンスホテルはまだジャニーズJr.だったPrinceがクリスマスコンサートをやったところというイメージしかない。初めて行ったもののこのコロナ禍、本当に人がいなかった。お手洗いは電気が人感センサーだから薄暗いし、化粧台のひとつも電気がついていなくて、ああ世紀末と思った。化粧台にはそれぞれコンセントがついていたので、品川プリンスホテルの、しかも映画館のお手洗いにコンセントがある意味について考えた。わからん。
画像はそんな世紀末そのもののひとっこひとりいない通路。怖かった。このTジョイ品川は初めて来たのだけれどスクリーン入り口の閉塞感(天井が低いのか?)にくらくらした。たぶん、開放的な場所なんだろうけど人の少なさがそんな錯覚を起こさせた。

劇団☆新感線のことは古田新太、髑髏城の七人、メタルマクベス、宇宙Six原よしたか(漢字わからん)、いのうえ☆ひでのり、くらいの知識だった。その情報量で5万円の髑髏城の七人DVDBOX買おうとしたた自分が怖い。ある夜に私は劇団☆新感線を観なければならないという使命感に駆られた。方法がわからず金で解決するタイプのおたくなので5万払おうとしたら結果ゲキシネに辿り着いた。で、次の日もう映画館の椅子に座って三浦春馬を観ていた。爆速、オタクだから。あとエンドロール見たらいのうえひでのりの真ん中に☆は入ってなかった。森雪之丞先生でしたか。

始まってからずーっと三浦春馬かっこいい、けど、これ何?があった。わかる、わかってる、ジャニヲタに言われたくないよね、もっと何それって舞台してる、わかってる。イマイチ世界に入りきれないまま見てたら橋本じゅんさん演じる前田慶次郎登場。なるほど理解した。
ふざけたような馬に乗り爆裂歌う橋本さん。何が違うのかと言われればそれはきっと空気感と言うもので、すっとこの舞台の演出に入り込めた。橋本さんはすごい。
あともう一箇所「うおおお!!!」ってなったのが五右衛門の家で慶次とシャルルがデュエットするところ。シャルルが歌い出した瞬間私にはシャルルが発光して見えたよ…。
説明的になりがちな長台詞も歌にすれば一人がずっと喋っていてもおかしくないし、そういうものかーって観てた。
あとは秀吉が「あのとき百姓の息子としては死んだ。血筋家柄から離れた」みたいなことを言ったのは明智に対するアンサーだなと思いながら見てたらそうだった。縛られた腕を切ること、それが五右衛門であったから明智は船に乗ったのだな。切ったのが銀だったらたぶん堺でラブラブライフみたいなチープなストーリーになってそう、知らんけど。
ここから先は消えなかった違和感の話。
ステレオタイプ化された演出が見える。それがしんどかった。例えばお銀の「元気な女の子。人にまっすぐぶつかります!」とか小林と尼に対する「年齢は聞いてはいけません」とか。年齢に関しては小林は明智を育ててきた立場として尼はその存在の不思議さとして理由はあったからなるほど!とは思いつつもやはり年齢を笑いの種にするのはちょっと私の心にはない感性だった。
それと同じでマローネのおならとかシャルルの登場時の歌とかもそうだし下品さで笑いを取るのが「面白いでしょ?」って聞かれてるみたいで戸惑ってしまった。
これは2012年の舞台ということを考えて、2012年の私なら笑ってたかもしれないからそういうものかな、とか。あと第一弾第二弾を観続けてのこれだったらもっと違うように見えたのかな、とか。でもそういう女性の扱い方と下品さの微妙な違和感で「面白かった!」って素直に言えなくなってしまった。
あの年齢の脚本家や演出家ならそういう部分は多かれ少なかれあり、そもそも私の観劇履歴は「女が出てこない」ジャニーズで埋め尽くされているので耐性がないだけ説大いにある。耐性がいるのかどうかは置いておく。
それでも最後の口上でめちゃくちゃテンション 上がったしシンプルに描けば地獄になるものを語り口でポップに仕上げたのは素敵だった。このジパングパンクをリピートはしないけど他のものも観てみたいなとは思う。
ので、次は髑髏城の七人Season極を観に行きます。竜星涼ワクワク!竜星涼はアマプラオリジナルドラマの紺田照の合法レシピでハマりました。基本的にアミューズ顔がブッ刺さるので研音の男は初めてだぜ!

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