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鳥居のはなし 赤身

引き続き鳥居の現場で話したことのメモを。

赤身

赤身と言ってもマグロではありません。
材木にも「赤身」があります。表紙の写真の茶色いところのことです。
白っぽいところを「白太」と呼びます。

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今回解体した鳥居の柱、地上部分で切断しました。

今回切断して解体した柱が上の写真です。写真では大きさがわかりずらいですが、直径90cmあります。
白太がほとんどないことがわかるでしょうか。
新たな鳥居の材料も白太部分はほとんど取り去って使っています。

なぜ白太(辺材)が嫌われるのか?

赤身、白太というのは俗称で、赤身を芯材、白太を辺材と呼びます。文字通り芯の材と、辺の材です。
木は成長するために地中からの水分や光合成による養分などで細胞分裂をしていきます。新たな細胞は樹皮のすぐ下にある形成層(断面の一番外側)で生長していくので若くてピチピチした細胞が辺材、老朽化した細胞が芯材となります。
辺材のピチピチ細胞には、水分、デンプン、タンパク質などがふんだんに含まれています。そのうえ、細胞は柔らかいので、虫も付きやすく、腐りやすいです。
年頃の娘さんにも虫が付きやすいですが、木もピチピチした細胞には虫が付きやすいです。
逆に芯材は養分をあまり含まず、細胞も固くなり、風に耐える力となります。

よって、木材を使用するときに、赤身で木取りすることによって耐久性の向上を試みています。

白太と赤身のあいだ

ちなみに赤身と白太が入り混じった材木を源平(げんぺい)と言います。おそらく、源氏と平家の合戦の入り混じった勢力図を語源としていると思いますが、気になった方は各自調べて教えてください。
茶室の鴨居と方立などでは、源平の色合いがうまくつながるように配されている事例をいくつか見た気がします。どこか忘れました。

白太の記憶

そんな白太は通常、嫌われ者ですが、村野藤吾が高輪プリンスホテルの恵庵の編笠門を作るとき、「白太だらけで年輪ぶかぶかの柱を持ってきてくれ」と頼まれたそう。数寄屋大工の安藤さんと12、3年前一緒に仕事をしていて、恵庵を見に行く機会ができ、懐かしげに語っていました。
ついでに恵庵の広間の蛍光灯は108本だとか、襖の書をどなたかに依頼してあったらしいが、村野さん亡くなってしまってどなたに頼んだのかわからず今でも白いままだとかいろんなことを聞きました。
きっと僕自身もこの文章を書いていなければ記憶からこぼれ落ちていたでしょう。
思い出ばなしに花が咲いたところで、今日もこの辺で。

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