荻野目ちゃんから米米へ〜ワタシの音楽史③

小中学生では普通にテレビで流れていた歌謡曲やアニメの主題歌などを聞いていたと思うのですが、その頃自分で買ったレコードは荻野目ちゃん(荻野目洋子)の「NON-STOPPER」というLP(まだレコードでしたヨ!)

当時ヒットしたビートの効いたナンバーから大人っぽい歌まで荻野目ちゃんの魅力が詰まったアルバムでした。

チェッカーズとかおニャン子クラブとか流行りは色々ありましたが、その辺のハナシは別の機会にして、いわゆるバンドにはどの辺りから入っていったのかを振り返ってみます。



高校生の時、親戚が米米クラブの「GO FUNK」を聞かせてくれて衝撃を受けました。
うわっ何だコレは!と思って自分でもCDを買いました。

ホーンが入っていたりバンドとしては大所帯で派手な印象。
なによりファンクを知らなかったワタシはジェームス小野田の「ビイィィィーーーー〜ッ」という歌声に度肝を抜かれたようです。
その一曲目「微熱少年」でやたらテッペイちゃんことカールスモーキー石井が小野田フューチャーしてるのがオモシロイ。

テレビ神奈川は音楽番組が充実していたので
当時「KOME KOME WAR」のビデオクリップもよく見かけました。
遡って以前のアルバムも聴きまくり、言葉遊びみたいな歌だとか大マジメにふざけてる感じとか好きでした。

ライブも何回か行きましたが、セットや衣装がロックバンドのライブの域を超えていてミュージカルの舞台のような、まぁとにかくエンターテイメントショーですよね。
ひとつのツアーで2、3パターンのステージがあって曲も衣装もステージセットも全部違うから演る方も大変だろうけれども見に行く方も必死でした!

ファンクラブに入ったり音楽雑誌を買いまくったりしながら次のアルバムも買って聞きましたが、その辺りから新たに夢中になるバンドが現れたのです。

次回へ続く!

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