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シュペーア回想録〈上〉-入党〜運命の道-



入党

彼の説得力、決して美しくないその声の独特な魔力むしろ陳腐といってよい、わざとらしさのもつ異様さ。我々の複雑な問題をてきぱきと片付ける指導者的明快さ。それら全てが私を引っ掻き回したのである。

P41

ベルリン大管区指導者ゲッペルの演説はヒトラーとは印象が違った。けばけばしく飾りたてられた美辞麗句の羅列、次第に熱狂的な陶酔と憎悪の嵐に導かれていく群衆。情熱のるつぼ。私は抵抗を感じた。

P42

1931年、1月のある日私は入党を申し立て国民社会主義ドイツ労働党(ナチ党)の党員474481号となった。

私はナチ党を選んだのではなく、その出現が最初から私を暗示にかけ、それ以来私を離さなくなったあのヒトラーに私は賭けたのだった。

P42


 ヒトラーの人をひきつける吸引力とはなんだろう。この意識は全世界の国民に宿っている。吸い込まれ巻き取られそうなイメージがある。



運命の別れ道

「どうかね、我々の新しい大管区本部を改築してくれないかね」この電話が数時間あとだったら、私は列車に乗ってしまっていて東プロイセンの静かな湖畔にいることなんぞ、だれにも分からなかっただろう。

ポイントは切り換えられたのだ。

P50


転機

そのとき始めて私は「建築」という魔法の言葉がヒトラーの下では、どういう意味をもつのかをつかんだ。

P58

俗悪な記念品類が並んだ控えの間へいった。家具も悪趣味だった。副官がきて、形式ばらずに「どうぞ」といった。

私は強大な宰相ヒトラーの前に立った。彼の前のテーブルの上には一丁のピストルが分解されてあり、今しがたまで彼はそれを掃除していたようであった。「図面をそこにおきたまえ」と彼は手短にいって、私の顔を見ずに、ピストルの部品をわきへどけて、興味深げに設計図をながめた。
「よし」。それだけだった。再び彼がピストルのほうに顔を向けたので、私は少々あわてて部屋を出た。

P58

 ニュルンベルク党大会の会場の図面をヒトラーに手渡す場面だが、シュペーアという個人を初めてヒトラーに認識された刹那の瞬間。

このときのことをヒトラーは覚えていた。
というのが次の場面↓

「そうなのかニュルンベルクも君だったか?あのとき一人の建築家が図面をもって私のところへ来た。そうか、あれが君だったのか」

「私はいつか自分の計画を任せられるような建築家を捜していたのだ。その人間は若くなけりゃいかん。これらの計画は長期にわたるものだからだ。私の死後も私の後継者と一緒にやれる人間が必要なのだ。その人間が君だと私は思った」

───ファウストみたいに魂を売ってもよいという気持ちだった。私のメフィストが現れたのである。彼はゲーテのそれに劣らず魅惑的だった。

P63

死の覚悟と死後の計画も抜かりないヒトラー。
彼もまた何かに取り憑かれる運命だったのだ。
ヒトラーもシュペーアもやはり、操られている媒体のように感じるし、彼らは自身でそれを感覚している節が垣間見れる。

触媒としてのヒトラー

これほど強力な触媒に私は会ったことがない。私のエネルギーはますます急テンポに、ますます大量に吐き出された。

───それからというものは仕事が私を得たのであって私が仕事を得たのではなかった。

P64

 シュパンダウ刑務所での二〇年間に、もし当時の私がヒトラーの素顔と彼の支配の本性を認識していたら、自分はどうしたろうかといくども考えてみた。その答えは月並みで、がっかりするようなものである。すなわち「ヒトラーおかかえの建築家という地位から、私は抜け出すことはできなかったろう」。三〇歳にも満たない私が、一建築家として夢見ることができる最高の洋々たる前途を前にしたのである。

 ───この回想録を書き進めていくうちに改めて自分でも驚き、かつ愕然としたのは、私が一九四四年まで、めったに、いや本当はまるっきりといってよいくらい、自分自身と自分のやっていることを考えてみたことがなかったということ、私が自分というものを一度も振り返ってみたことがなかったということである。

今振り返ってみて、私はときおり、あのときなにものかが私を大地からもぎとり、私を根本から引き離して、無数の見知らぬ人々の手に渡してしまったという感慨をいだくのである。

 今も一番恐ろしいと思うのは、あの時代に時折り起こった私の不安が、主として、自分が建築家としてとった道のこと、テッセノウの理論との距離感についてであったということである。

それにひきかえ、ユダヤ人、フリーメーソン、社会民主党あるいはエホバの証人派の人たちが、私の周囲の者によって野良犬のように殺されたことを聞いても、私個人には関係ないと思ったに違いない。自分さえそれに加わらなければいいんだと。

P64、65


 人はなぜこのように盲目になれるのだろう。
見境がなくなっている。そのとき自分は自分ではなくなっている。信仰心と野望に塗れたゾーンのような即自だ。

少年時代に培った名誉心と支配欲、それが頭角を現し取り憑かれている。野望・欲望とはこんなにも恐ろしいものなのだ。


 テッセノウ教授の理論の正しさ、学生時代に感銘を受け、教授の元で一心に勉強した想い、教授による英雄批判など、一つの欲望で木っ端微塵に砕かれている。

この欲望はとても大きいものだが、たった一つのものが膨大に絡まっただけなのだ。

 しかし、たとえ20年後でもそんな自身を回想録として対自しているところが本書の面白さである。



魅惑的な魅力とは、隠された危険故に神秘性が高いのだと思う。この部分がヒトラーのもつ魅惑的かつ膨大なるエネルギーだ。歴史的にみても今も尚、ここが大きくトグロを巻いている。

前書『極限の思想』で、「哲学者は作家でなければならない」とサルトルによって書かれてあったが、しかし、建築家もまた作家である。シュペーア自身が書いたノンフィクションだと思うが、この獄中の手記がなかなか面白い。

対自、対自と前書で擦り込まれて来た上での、この『回想録』は何か意味があるのかもしれない。
サルトルと同じ年に生まれ、一年違いで死去したシュペーアとのシンクロ。今それを見ている自分とのシンクロがまた面白い。

サルトルの思想とはほぼ同じだったが、シュペーアは全く私とは似ていない、むしろ反面教師であり、違いを分析する対象。


Kindleにはなかった。
〈下〉も娘が所持しているので心配ないが、同じく年季が入っているのだろうと思う。


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