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最後の建築士


これは日本で「最後の建築士」と呼ばれる人物を取材した記録である。

ー本日はお時間をいただき、まことにありがとうございます。ー

こちらこそ、わざわざありがとうございます。

ーそれでは始めていきたいと思います。ー

ーまず「最後の建築士」と呼ばれていますが、
これはどういう意味なんですか?ー

はい、日本には、建築の設計や設計した図面通りに工事されているかをチェックする「工事監理」そして建築に関わる業務を行うことができる資格に「建築士」という国家資格がありあります。

この「建築士」という資格を持っているのは現在私一人です。なので、誰が呼んだのか分かりませんが、「最後の建築士」と呼ばれているんですよ。

ーそこが疑問なんですが、現在日本には建築に関わる人物が大勢います。
ですが建築士はあなた一人ということなんですか?ー

そうですね。

ー今現在でも多くの建物が建てられていて、その建物は建築家によって設計されていると思うんですが、それはどういうことなんですか?ー

「建築家」とおっしゃいましたけど、「建築士」と「建築家」の違いはわかりますか?

ーそう聞かれるとわからないんですけど、何か違いがあるんですか?ー

「建築士」というのは建築士法で定められた国家資格です。建築を建てる、そして維持する上で守らないといけない基準を定めた法律に建築基準法というのがありますが、それに加え一定の建築に関する技術、知識を有するものに建築士という資格を与えることが決められています。そして建築士でないと「設計」ができないことになっています。

建築家というのは職業名、いわば「肩書」です。この肩書自体は「ただの名前」であって意味はもっていません。

ー建築士の資格が無いと設計ができないのはわかりました。
ではどうして、他の多くの建築家が設計をしているのですか?
建築士の資格がないと設計できないのでは?ー

私が「名義貸し」をしているからですね。

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ここで、今の建築業界の事情も交えてお話しましょうか

最後の建築士と呼ばれてるように建築士は現在私一人です。

建築を作るにはその建築の図面を作り、その図面をもとに工事して作られます。それは今も昔も変わりません。

そしてその過程でも図面通りに工事が行われているか確認する必要があります。しかし、建築の図面というのはたくさん必要になります。
普通の住宅でも30枚くらいは必要、大きな建築になれば1000枚を超えるものもあります。

建築士の制度が生まれた時からですが、全ての図面を建築士の資格を持っているものが描いてきた訳ではありません。かわりに建築士は図面に「責任を負う」のです。

図面自体は建築士自身が全て描く訳ではなく、資格を持っていないスタッフやパソコンで図面を描く事を主な仕事としているCADオペレーターが描く事があります。それを建築士が確認する。これがかつての設計の流れでした。

今は建物のイメージを元にAIによって自動で設計し、図面を生成します。構造計算や設備に関わる計算も自動で行い、図面が作られています。
こうして作られた図面には設計図面には建築士の署名があります。署名をもって建築士は図面に責任を負います。そしてその署名には全て私の名前が描かれています。つまり、私は建築士の名義を貸し、そしてその図面の責任を法的に負っているんですね。

ーつまり、世の中に生まれる建築の責任は全てあなた自身が負っているということですか?ー

建築士は私ひとりです。つまり今生まれてくる建築の全ては私の名義で設計したものとされ、その責任は全て私が負っていることになりますね。

実際建築を建てる際には建築の法律的に問題ないか?構造計算などの全ての検討は自動で処理されています。私自身が全ての図面をチェックすることはありません。

私はその結果を「一応」確認したものとするために建築士の名義を使っているんですね。

ーそれは、何か問題は起きないのでしょうか?ー

本来名義貸しという仕組み自体は違法であり、罰則もありました。

しかし建築業界で建築士資格を取得する人がどんどん減り、名義貸しが常態化しました。業界としては実際に責任を負うことができる建築士の減少を恐れ、見て見ぬフリをし続けたんですね。

実際図面は自動で生成され、自動でチェックされます。なにか不具合が起きても自動で計算し、修正します。

もはや建築士の能力が影響する範囲はありませんし、大きな問題は起きてません。もし不備であったり、事故などが起きた場合は当然ですがその責任は資格を持っている建築士が負う事になります。

ー本当に大丈夫なんですか?自分は全く関わってない建築の責任を負わされてしまうわけですけど、ー

それが問題となった時期もありました。名義貸しは割に合わないため建築士の資格数の減少はますます加速しました。そこで業界はさらに罰則自体も緩和したり、手厚い待遇を設けたりしました。それでも建築士の数はどんどん減っていき、今は私ひとりになったんですね。

ーそれはどうしてですか?ー

これも建築業界の内情にも関わるんですが、「自分で設計をする」ということが無くなってしまったからですね。

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さきほど図面は自動で生成されると言いましたが、図面だけではありません。建築のメインのイメージ、ビジュアルも今はAIによって自動生成されています。

それこそ昔ながらの日本建築をデザインしたかったら、日本建築の画像をいくつかソースにして、ビジュアルを生成する。中世ヨーロッパ風であっても同じ、

特に最近は著名な建築家のデザインのイメージを組み合わせてビジュアルを作るのが流行してます。「隈研吾風」とかですね。

作られたイメージがクライアントに気に入られればそれを元に自動で図面が生成され、チェックもされる。建築的な知識、法律、更には実際に作るうえで重要な「おさまり」に関する意識は不要です。

またAIというのは非常に都合のよいもので、もし何か批判されることがあれば「AIが生成したものだ」と転嫁することもできます。とても便利ですね。

いま「建築家」という肩書はより好かれるイメージを生成した人物がそう呼ばれています。「設計」という言葉自体も曖昧なものになり「デザイン」や「ディレクション」と言った言葉を用いています。大半の人はその違いは気にしません。

かつては昔気質で、自分で建物のコンセプトからイメージまで作り、それを丁寧に図面やパースに落とし込む人がいました。しかし、労力に見合う対価が無いためどんどん自動化が進んできました。こうして本来自分の責任で設計する仕事は見放され、建築士の資格の保有者も減少していきました。

気が付けば建築士の資格を有し、名義貸しという名の設計を行っているのは私一人になったわけです。

制度自体を変えればいい話ですが、そもそも建築業界は昔からそんな気概はありません。
この建築士に関する法律だって、かの田中角栄が立法しない限り、誕生しなかったのではないですかね?

図面を作成する作業、さらには建築を生み出す作業は全てAIに押し付け、それを「決める」ことで自分が建築家であることを保証する。

そしてAIに任せることができない唯一の「責任」を建築士に残し、現在まで続いています。

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以上が私が「最後の建築士」と呼ばれる所以です。

ー貴重なお話ありがとうございました。ー

ー最後にお聞きしたいことが2点あります、
 まず今後「建築士」という資格はどうなるんですか?
 あなたがいなくなってしまえば建築士は無くなってしまいます。ー

先のことはわかりませんが、建築関係者の誰かを建築士の資格を取得させ、同じようなことを続けるのではないですかね?

ーもう一つ、今後やっていきたいことがあると、
この話を受けるときにお聞きしたのですが、やりたいことと言うのは?ー

ありがたいことに、名義貸しとは言え設計料としての報酬が入ってくるものですから、生活にも余裕が出てきました。なのでこれから先「自分のため」の設計をしていこうと思うんですね。ちょうど、実家の家が限界を迎えてきています。それを自分の設計で建て替え「自分の」家を設計する。それが直近の目標ですね。あとは自分が生まれ育った土地で、少しづつ「自分で」、なんでもいいから設計に関わっていきたいなと思ってます。

結局、僕が建築の設計の世界で仕事ができたのは、「自分のチカラ」で「なにかを生み出す」という事が好きだったからなんですね。そしてそれが人の生活や社会に関わる、影響を与える、それが素晴しいものだからです。

この素晴しい設計の仕事を自分の責任でやり遂げたい、実現するまでは時間がかかりましたが、少しづつ叶えていきたいなと思っています。だって私は「最後の建築士」ですからね。

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