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2018/09/01 before 10 pm 「またね」

「おはよう!」06:42
「昨夜なんとか一人トイレット成功」06:55
「ごはんばべます」08:14

目が覚めると、3つもLineが入っていた。
「一人トイレット」だなんて、感無量だ。

「pineapple激ウマ」
朝ごはん報告が続き、ついで「何時にくる?」と聞いてくる。
仕事のない土曜日だ。面会に行く前に、片付けや軽い掃除もやっておきたい。
「いろいろやって12時半頃かな」

「水がないです、たくさん」
「先生がおれだけ一日一個ヨーグルトOK」
「よろぴく」

.

病院への道中。スーパーに寄る。お水をたくさんと、ヨーグルトをたくさん。品揃えを求め、スーパーをハシゴした。
このスーパーのヨーグルトの品揃えといったらない。当たりだ。迷いに迷う。真剣に迷う。いろんな味が楽しめる4パックか。体に良さそうなハチミツか。はたまた高機能に行くか。いや、亮くんはフルーツが入っている方が…。冷蔵庫のサイズ、どのくらいだったかな。…4セットくらいは入る?そうだ、パイナップルも買っていってあげたりして。

いつの間にか結構な時間が経っていた。

そもそも、「キッチンの軽い掃除」のつもりが気づけば五徳のつけ置き洗にまで及び、出発の時点で大幅に遅れていた。
このままでは到着が13時を過ぎてしまう…!またやってしまった…!

病室に着いた頃には、13時半を回っていた。

ドアを開ける。

9月初日の、明るい病室。窓を背に置かれたテレビ。ベッドに横になって、首を左に傾け、静かにテレビを見ている亮くんの姿があった。こちらを、すぐには振り向かずに。

14:05

「亮さーん」

看護師さん達は、それぞれに個性がありながら、皆、優しくて素敵で、いかにも白衣の天使だ。

中でも明るくサバサバ良い感じで、亮くんも一番気を許している看護師さんが入ってくる。

熱を測り、諸々チェックをし、「昨夜ひとりでトイレ出来たんですよ」と、嬉しそうに教えてくれた。

「10kg以上痩せたんだよねー」と笑顔で亮くんに言う。

「90kg?92kg?とかになった」と亮くん。

「え?むしろ102とかあったの!?」なんて私も突っ込みながら言う。
「確かにシュッとしたよ」

「ですよね!」と看護師さん。

「え、俺も見たい。写真撮って見せてよ」

!、亮くんの写真が撮れる…!心配しているたくさんの人達に、元気になってきた亮くんの姿をせめて写真で見せられたら。そう思いつつも、亮くんの心情を思うと撮りづらかったのだ。看護師さんありがとう!

正面から亮くんの写真を撮り、早速見せた。

「…Dre じゃん、俺 Dr. Dre じゃない!?」

♪ Da da da da da…
Dr. Dre の "The next episode" が(頭の中で)流れた。

15:03

病院から近い最近の定番、味の民芸で、黒酢の酢辣うどんが来るのを待っている。「少し眠る」と、亮くんは休憩中だ。

あの後、看護師さんが教えてくれた。

「12時半にはMiwoが来るから」
そう言って、亮くんは車椅子に頑張って乗り、初めて、車椅子のままお昼ご飯を食べた。私にその姿を見せたくて、1時間半も頑張っていた。

私が到着した時の後ろ姿。1時間半も車椅子に乗ることは、どれほど疲れ果てることだっただろうか。

申し訳なくてどうしようもなかった。
何度も思い出されて、その度に胸が詰まり箸が止まった。

.

食後に、また別のスーパーに寄る。

とうとう、お粥が食べれるようになった亮くん。ただし、お粥だけでは食が進まない。その様子を見た先生から「ごはんのお供OK、ただし減塩で」と、ファンタスティックなお許しが出たのだ。

お粥のお供をいくつも取り揃える。亮くんが大好きなごま昆布(減塩)に鮭フレーク(減塩)、それに、定番のご飯ですよ(減塩)。これだけあれば、お粥も楽しめるだろう(ていうか食べるだろう。食べてくれ)。

看護師さんから頼まれていたストローも何種類か買う。いかにも病人感のある「くすりのみ」で水を飲んでいた日々を、とうとう卒業なのだ。ペットボトルに入った水を、ストローでそのまま飲めるのだ。

16:30

穏やかな土曜日。
透析が無いから、亮くんも穏やか。
外来が無いからか、病院もどこか穏やかだ。

亮くんの意識が、完全に戻った。
やっとそう思えた。手術からちょうど1ヶ月が経っていた。

亮くんの体にどんなことがあったのか、この1ヶ月の出来事を、順を追ってゆっくりと話した。

あれもこれも、どれもが重い。寝返りを打つだけで疲れてしまう。腹筋が無いからトイレが怖い。いかに筋肉が無いのかの実感に、「何があったのか」の話を合わせ、現状を再認識したようだった。

「『体の筋肉がリセットされてしまった』、そう言われても最初は半信半疑だった。だから「帰りたい」とか言っていた。本当に動かないんだと、そう認識したのは先週くらい。」

17:15

「ちょっといいですか?」

廊下で看護師さんに呼び止められ、そのまま立ち話をする。

  • 重症患者ではなくなったので、部屋を変わる必要がある。4人部屋だと差額なし、2人部屋は差額3000円、個室は7000円〜1万円。検討しておいて欲しい。病院での療養生活は、あと一ヶ月くらいか

  • リハビリも頑張っているから、来週には立てる練習に入れるんじゃないか。若いから筋肉も戻りが早い

  • 一時全く出ていなかった尿が(「回復するか分からなかった」と初めて聞いた)、十分に出るようになった。人工透析離脱が見えて来ている。離脱のタイミングが退院または転院のタイミング。転院の場合はリハビリ病院へ

「大部屋」…!に移るとか来週には立てる練習とか人工透析離脱からの退院・転院とか。
…興奮で爆発しそう。

病室に戻る。「大部屋に移れるんだって!」
個室オプションなども合わせて亮くんに伝える。亮くんは即答。

「大部屋でいいでしょ」

加えて、「ご飯食べるまでいてよ」ときた。

「うん、じゃあそうする(♡)」と答えた。
長居できる幸せ。土曜日最高。
ビッケごめんね…、と、心の中で謝りながら。

.

スプーンで食べる。筋肉がリセットされた亮くんにとって、スプーンや箸はバーベルのような体感だろうか。いずれにせよ筋トレ状態だ。それでは食事が進まないので、代わりに食べさせる。夕食は普通の食事だ。もうペーストではない。
静かで、幸せな時が流れる。

食後には少しゆっくりし、頃合いを見て立ち上がる。

「ビッケも待ってるし、そろそろ帰るね」

亮くんの唇に目が止まった。

人工呼吸器で出来た口元の傷も、だいぶ治った。

キスしたい。

体の奥から上がってきた熱があった。

でも。

亮くんの体はまだまだ弱い。私にはなんでもない菌でも今の亮くんには、ということだってある。

思いとどまって、
いつも通り、額にキスをした。

「I love you」

体内で響いていたその言葉。私自体がもうそれになっていたのに、言葉として、声にするのがなんだか恥ずかしくなってしまって、言えなかった。声に、ならなかった。

ベッドを離れ、病室のドアを開ける。

亮くんを振り返る。

「またね」

亮くんがそう言って、手を振った。

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