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2/22(火)2年半の闘い。-第1章 地元の個人塾でのリハビリと志望大学について②-

ご無沙汰しています。

序章があるので、まだの方はここから^ ^
2年半の闘い。-序章 高校受験から高校生活①-

志望校について結論を話しますと、現役のとき私は関学を目指すことになります。序章では国公立大学と書いたと思いますが、関学になった経緯をお話したいと思います。

真ん中のコースにいた高1のとき、"自称進学校"らしく担任や進路指導の先生はやたらと大学受験について語っていました。国公立を目指すコースだったので国公立行くならもう受験勉強を始めなければならない、1日10時間は勉強しなければならない等厳しい文句を聞くことになり、高校受験終わったばっかりなのにまた勉強の話かよと嘆く日々でした。しかし、それと同時に国公立大学に対してだんだんとこだわりを持ってしまうことになります。国公立大学でなければいけない、勉強しなくてはならない。こうして、勉強のできない、国公立大学にこだわる受験生ができあがったわけです。

個人塾での生活にも慣れてきた高2の冬、塾長からある提案を受けます。「君の成績じゃ国公立に行くには浪人する必要がある。ただ、私立だったら今からでも関関同立を目指せるんじゃない?」、と。国公立大学にこだわっていた私としては、この時期に諦めることはかなり厳しい話でした。しかし、数学Ⅱを教えてくれていたI先生が塾講師をやめてしまったのと、現役合格できたとしたらそれも大きな結果であるということから、私はこの提案を参考に私立大を目指すことにしました。

関関同立の中で関学を選んだ理由は至って簡単です。関学の軽音楽部(文総軽音楽部)の演奏をオープンキャンパスで聴いたからです。高校受験のときと似ていますね。「ここで音楽やりたい!」っていうやつです。実際に私が聴いた演奏が公式のYouTubeチャンネルに上がっていたので載せておきます。懐かしい。
mihimaru GT 関学文総軽音(KGLMC)
余談ですが、私はこの女性のボーカルを気に入って、後日開催された定期演奏会に行きました。ツーショットを撮ってもらったのはいい思い出です。おたくの行動力といいますか…………。

今回、みなさんにおさえておいて欲しいポイントは私がおたくであることでも、志望校が関学になったことでもなく、国公立大学に対して漠然としたイメージしか持っていなかったということです。これが、浪人後の受験勉強に影響してくることになります…………。

なかなか更新できなくてすみません。まぁ、このブログを楽しみにしている方はまずいないと思いますが一応。ネットのどこかに「駄作でもいいから完成させろ」って書いてあったのを思い出して、続きを書いた次第です。今回はまとまりのない文章になってしまいましたが、許してね。

次回は志望学部についてです。これもまたいろいろと複雑なのですが………頑張って文章にしようと思います………。 



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