上には上がいることに折り合いをつける話
上には常に上がいる。
ちょっと好きになったから、興味を持ったからと手を出してみると、始めのうちは新しい知識や経験がインプットされるのが嬉しくて楽しい。
楽しいから、もっともっとと、どんどん手を伸ばし始める。
そして気づくのだ。
「世界には自分よりはるかにうまい人、はるかに詳しい人、はるかに道に通じている人がいる」
という事実に。
至って当たり前の話だし、頭ではわかっているのだが、実際にこの事実をまざまざと見せつけられたときの感情の乱れは意外と大きい。
それは「尊敬」「感嘆」と呼べるものかもしれないし、「嫉妬」や「敗北感」と呼べるものかもしれない。
残念ながら、スタート地点の違いをひっくり返すことはできない。
敬おうが悔しがろうが、その道において、自分はレベルとして下にいる事実を変えることはできない。
この道でもっと頑張ってみようか?
違う道を探そうか?
新しい道を作ろうか?
選択肢はいろいろあるだろうが、いずれにせよ、立ち止まって唇を噛み締めていてもしょうがない。
「何かしらの行動をする」以外にやることがないのだ。
自分の上にいる人たちも、そうやって行動を続けてきたから、あそこまで上に行けたのだ。
そうやって自分の心に折り合いをつけながら、今日も私は感嘆し、悔しがり、自分の力量を嘆きながらもがいている。
感情のさざ波は止むことはない。
それもまた一つの折り合いだろう。
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