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11歳の山頂 挑戦の原点

2010年11月6日日経新聞夕刊に掲載されたものを修正加筆したものです。

 これは僕が11歳の時に家族と一緒にキリマンジャロに行くときに父が話した寓話。

 キングソロモンとアフリカの女王シバとの間に生まれたメネリック1世は古代エチオピアの開祖の王だといわれている。世界の英知と財産を一心に集めたソロモン王の教育を受け、強力な軍隊を持ったメネリックはアフリカの各地を次から次へと征服して巨大な国家をつくり始めた。しかし彼は高齢になり死期が近づくと自らの死に場所を探し始めた。そして選んだのが、エジプトのピラミッドよりはるかに高くそびえたつ、キリマンジャロだった。
 メネリックは家臣たちに別れを告げ、氷河の雪を超えて火口の中に入り永遠の眠りについた。
 キリマンジャロの山頂にはメネリック王の財宝と彼の父親であるソロモン王の指輪が残り、それを見つけたものは王の英雄的な魂が乗り移るとエチオピアでは伝えられている。

 こうして僕の興味を引いた後、父は「もし、ゴン(僕の愛称)がキリマンジャロに登ってキングソロモンの指輪を見つけたら、世界一有名な小学生になってしまうぞ」とおだてられ、僕はキリマンジャロへの思いを膨らませていった。
 しかし、現実はそんなに甘くなかった。途中、僕は高山病で倒れた。激しい頭痛と発熱。幸い高山病は回復したものの、頂上への最後のアタックは暗闇の中、アリ地獄のような細かい火山岩の上を、希薄な大気にあえぎ、震える体とかじかむ手足を引きずり上げ、永遠とも思える苦しさを耐えて登った。
 そんな中、朝日は突然現れた。背中に暖かさを感じ、後ろを振り向くと顔を出したばかりの太陽を中心に、白、黄、赤、オレンジ、青、紫、黒、とあらゆる色に空が染まっている。太陽に勇気をもらい家族と助け合いながら僕は史上最年少の11歳でキリマンジャロの頂上に立った。キングソロモンの指輪の話はどこまで本当だったかわからないが、頂上からの景色を見たらどうでもよくなった。
 両親、姉、兄、77歳の祖父も一緒だった。泣きべそをかいていた自分が嘘のように、僕は輝く景色を目の前にして大きな達成感に浸っていた。

 僕にとって11歳のキリマンジャロは挑戦の原点である。苦しかったあの時の思いがあるからこそ、その後に見た頂上からの景色がより輝いて見えた。その経験がアスリートとして五輪を目指す原動力となり、その後父と一緒にエベレストに向かう原動力となった。
 今週、僕は30年ぶりにキリマンジャロを登る。山頂ではどんな景色と思いが待ち受けているのだろうか。楽しみだ。
 


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