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「登る山は自分で作る」

2010年10月9日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 南アフリカで行われたワールドカップ(W杯)サッカーで日本代表が大活躍した。チームを率いた岡田武史前監督と先月、食事を共にする機会があった。
 現在、岡田さんは環境とスポーツに大きな関心を持たれており、父、三浦雄一郎が理事長を務める特定非営利活動法人(NPO法人)、グローバル・スポーツ・アライアンス(GSA)の理念とその方向性に共感を抱いている。

 1998年のW杯のころから、今回の開催国、南アのようにアフリカの子供たちが、貧困とHVI感染に苦しんでいることを知ったことがきっかけだったという。そして同時に岡田さんは日本の状況にも危惧を抱く。日本は経済的にも環境的にもはるかにアフリカより豊かであるにもかかわらず、毎年3万人以上の自殺者が出ている。それに対してアフリカでは自殺はほとんど問題とされていないそうだ。
 岡田さんは「日本は豊かすぎることで、反対に生きることに対しての執着心をなくしている」という。「アフリカでは生きること、そして普通に学校に行くこと自体がチャレンジであり夢である。スポーツや山登りに夢中になっている人は自殺なんて考えないだろうが、今の日本には豊かさはあっても、登り続ける山を見失っている人が多すぎる。自分で登る山を作らなければいけない」。だから生きる意欲を子供たちがもっと持てるような教育や環境作りを積極的に行っていきたいと強く願っている。

 この思いの根底に今回のW杯を通じて日本人の若者の素晴らしさを実感したこともあるそうだ。「日本人ならではの武士道精神、チームのために全力でこれほど献身し尽くせるのはなかなか外国のチームには見られないもの。このことで反対に日本人は『個』がないと批判する人もいるかもしれないが、これは日本人が持っている美徳の一つで、日本の若者もまだまだ捨てたものではない」と話していた。

 豊かさという意味を今一度とらえなおし、本来、日本の若者たちの中にある冒険心の輝きを目覚めさせる。スポーツや冒険の本質は困難に対しての挑戦である。それを乗り越える楽しさを知っているからこそ、本当のスポーツマンや冒険家にはあきらめずに前に進む方法を考え努力する。誰よりも挑戦に対する重圧を知っている岡田さんならではの言葉に、深くうなずく自分がいた。

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