自然と人の境目
2011年2月12日日経新聞夕刊に掲載されたものです。
朝7時、朝日がコースをオレンジ色に照らし始めたころ、新潟・苗場スキー場のパトロール隊の仕事が始まる。苗場には都会的なイメージがあるけれど、実は極めてワイルドなスキー場だ。
特に上部は急斜面が多く、場所によっては雪崩の危険もある。パトロールはそれらを一つずつ回り、危ない箇所を事前に崩したり、亀裂の距離を測ったり、と毎日のモニターが欠かせない。そして危険と判断するとロープを張り進入を禁止する。
苗場で40年間パトロールをしている中西良実さんはこの日、北海道・ニセコから来た新谷暁生さんと一緒にコースの見回りをした。
新谷さんは一流の登山家でありシーカヤッカーだ。冬はこれまで培った雪崩の知識を生かして、ニセコローカルルールを作った。ロープをくぐらないことを徹底する代わりにコース外にアクセスできるゲートを設ける、というもので、雪崩の危険を管理しつつ、部分的にコース外滑走を認めた。新雪を滑りたい人の気持ちもくんだこのルールのおかげもあって、これまで10年間、雪崩の事故はゼロだった。
しかし、今年の正月、ゲート以外から山に入った人が雪崩にあい、死亡する事故が起きた。新谷さんは心を痛めた。
コース外に出たがる人はどこのスキー場にもいる。新谷さんは、苗場でもニセコローカルルールのようなものができないか、検討してみた。しかし現在ロープを張っている箇所は一見、コース外であっても、もし雪崩が起きてしまった場合、コース内に被害が及ぶ。山の形状がニセコと違うため、コース外滑走を認めると、コース内が危険になる。苗場のパトロールの人たちは、その自然環境を十分に認識してコースを設定していると再認識したという。
「ハインリッヒの法則」と呼ばれるものがある。一つの大事故に背後には29の軽微な事故がありさらにその陰には300の異常事態がある、と言う経験則だ。1件の大事故は「氷山の一角」というわけだが、新谷さんは事故を防ぐ最良の方法は、異常事態の数を減らすより、それぞれが危険の内容を認識し理解することだ、と指摘する。だからホワイトボードにその日の状況と危険性を書いて伝えることが重要になる。情報があれば、利用者はそれをもとに判断するし、パトロールの信頼性も高まるだろう。
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