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山頂から消えた氷河

2010年11月20日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 キリマンジャロ山頂を目指した僕の友人たちの挑戦はギルマンズポイント(5681㍍)までだったが、僕の目的はここから先にあった。ギルマンズポイントはルート上、ちょうど火山のふちにあたる。

 30年前、僕たち家族は火口の中へ降りて氷河の上でスキー滑走をした。氷河が消滅したと聞いた僕は今でもスキーができるか知りたかった。しかしギルマンズポイントからだと視界が利かず足場も悪いので、遠回りになるが火口をぐるりと周ってキリマンジャロの最高地点、ウフルピーク(5895㍍)を経由して火口内部に降りていくことにした。
 この標高でも体調はよく、通常ギルマンズからウフルピークまで2時間かかるところを45分で到着する。そこからさらにガケを下り火口内部に降りる。キリマンジャロの火口は二重構造になっていてまず外周に入り、さらに噴火口へ内側のふちを登りなおしてからたどり着く。

 噴火口はすさまじく巨大な円形の穴だった。これほど標高の高いところに底が見えないほど深淵が存在することが驚きだった。大きくお鉢周りをするように噴火口を回り込んで、30年前に僕たちがスキー滑降したであろうと思われるギルマンズポイントの下部にたどり着いた。 
 当時、氷河があり大きな氷塔まで立っていた場所は、むき出しの土の上に今朝降ったばかりの雪が3㌢ばかりうっすらとあるだけで、スキーは不可能だった。

 キリマンジャロの氷河の溶解は温暖化によるものだと考えがちであるが、タンザニア気象庁によれば、雨量の減少や、雲が少なくなったことによる直射日光の増加に温暖化が重なったもので、なかでも最も影響があるといわれているのが雨量の減少だ。従来、キリマンジャロのすそ野には広大な森が広がり、膨大な水分と湿気が蓄えられて雲が生成されていた。しかし、近年は畑や畜産、薪のために森林伐採が行われ、森が雲を生成するための十分な保水量を失い、山頂を覆う雲が減少したことが氷河溶解につながったという。

 ヘミングウェイが謡った物語「キリマンジャロの雪」は人々の生活の営みにより消えていく。森で起こることが標高6000㍍に近い山頂に影響を及ぼすと考えている人がどれだけいるだろうか。僕らの行為は必ずどこかで自然とつながっているのだ。

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