原点見つめなおす
2011年1月8日日経新聞夕刊に掲載されたものです。
札幌テイネ山でのスキー三昧が、僕が小学校のころからの三浦家の正しい正月の過ごし方だ。
しかし現役選手だったときは、世界中を巡るワールドカップ(W杯)が欧州で始まり、年を越すとすぐに北米戦が行われる。お正月をのんびり過ごすわけにはいかず当時、僕はのんきに年越しそばなどを食べている家族がうらやましく思えたものだ。
年末年始に現役真っただ中の後輩である里谷多英選手と附田雄剛選手がテイネに練習にやってきた。彼らはテイネ山出身のスキーヤーで、W杯を転戦し始めたのは高校生の時。2人は今年で35歳になるから、すでに人生の半分はW杯に費やしている。
世界の第一線で活躍し、年々高度な技術が要求されるモーグル競技の中で、彼らが練習として行ったのはエア(ジャンプ)の基本技術の見直しだ。
モーグルはコブだらけのコースに設定された2つのエアを飛び、ターン、スピード、エアの3つの要素の得点を争う競技だ。
数年前から縦軸と横軸の混ざった3Dエアというものが認められ、最近ではこうした複雑な技を高次元のスピードでこなすことが求められる。一見派手なエアだが、その基本となるのは縦・横回転を行わずまっすぐに空中高く飛ぶストレートジャンプだ。
モーグルのエア台は下るアプローチ(助走)に対して角度は上を向いている。常に変化する角度の中で、重力に対して身体を鉛直方向にまっすぐぶれずに保つのは、空中で体制が調整できる回転の技術より難しいのだ。ぐるぐる回る派手な動きより、この地味なストレートジャンプの練習がエア技術のすべてにつながる。
大リーグで10年続けて200本安打を達成したイチローがインタビューで「何か壁に突き当たったり、スランプに落ち込んだりしたとき、それを乗り越えるのは精神力とよく言われるが、僕は技術だと思う」と言っていた。黙々とジャンプを飛び、そしてスキーを担いで登っていく2人の姿にこのイチローの言葉が重なった。
イチローが言っていたのは本質的な技術だ。
今のスポーツ界を生き抜いていくのに必要なのは、基本的な技術の積み重ねと正確な反復練習だ。ベテランの域とはまさしく「原点」であると、長い選手生活を戦い続けている彼らを前にして、僕は身を引き締めて新年をスタートしようと心に決めた。
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