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有事下のガバナンス実務 #02:支配権争い下における株主対応アドバイザーへの委任・報酬支払にかかる留意点


1. はじめに

近年、株主アクティビズムの高まりにより上場会社における支配権争いが活発化し、株主対応助言業が活況です。

支配権争いに際し、上場会社が株主対応アドバイザー(弁護士、IR/PRアドバイザーを含め、以下「アドバイザー」といいます)に支払う報酬は数億円単位の高額となることも多く、アクティビストから、当該アドバイザー報酬の支出により株主の資産が毀損されているとして批判される事例も増えています。確かに、経営陣と対立的な立場を取る株主の立場からすれば、経営陣によるアドバイザーへの委任および報酬の支払いは、経営陣の保身目的で行われたと映ることも事実です。

他方、上場会社は、会社支配権の獲得を意図する株主の提案等が企業価値を毀損する内容であれば毅然とした対応が求められ、専門家アドバイザーからの助言が不可欠となります。

本記事では、実際に、支配権争い下における弁護士報酬(*1)の支出が、取締役による善管注意義務違反であるとして、提案株主が支配権を獲得した後の会社が、解任された前代表取締役に対して、当該弁護士報酬分の損害賠償請求を行った伊豆シャボテンリゾート事件(控訴審:東京高裁平成30年5月9日判決、原審:東京地裁平成29年11月22日判決、以下「本事案」といいます)(*2)を紹介し、裁判所の本論点に対するスタンスを確認した上で、経営陣が支配権争い下において、適切な形で株主対応業務をアドバイザーに委任し報酬を支払うための留意点を解説します。

本事案では、株主提案への対抗のための弁護士費用の支出が、第一審では、善管注意義務違反に当たるとして損害賠償請求が認められ、第二審では真逆の判決、つまり善管注意義務違反には当たらないとして取締役の責任が否定されました。

第一審(東京地裁平成29年11月22日判決):善管注意義務違反を認定
第二審(東京高裁平成30年5月9日判決):善管注意義務違反を否定

本事案は、支配権争い下における取締役の行為規範(*3)に関して、司法判断が示された貴重な事例です。控訴審で覆されましたが、株主提案対応のための弁護士報酬の支出について、地方裁判所レベルでも、取締役が個人として損害賠償責任を負うとする判決が下されていることは、経営者としては、有事下の行為規範を理解する上で認識しておくべきです(*4)。

なお、上場会社の支配権獲得には、(i)取締役会の過半数の掌握を目的とする株主提案(以下「支配権獲得目的の取締役選解任提案(*5)」といいます)による方法と、(ii)株式の大量取得による方法(市場内買付、TOB等)の2つがありますが、本記事における「支配権争い」は、主に前者の株主提案を発端とする支配権争いを想定します。

*1 本事案で争われたのは弁護士報酬のみであるが、理論上は、IR/PRアドバイザーへの報酬についても当てはまるものと考えられる

*2 詳細は後述するが、提案株主の金商法違反行為(大量保有報告書提出義務違反等)に関する助言、提案株主のバックグラウンド調査、臨時株主総会招集請求対応に対する助言等がその委任事項であった

*3 取締役の行為規範は、法令、司法判断により規律されるが、公的機関が策定するガイドラインも裁判所が判断の参考とする場合があるため、行為規範を形成するルールの一つといえる。同意なき買収その他株式取得型の支配権争いに関しては、現在経済産業省が策定中の買収防衛指針により、一定の行為規範が確立されると思われるが、株主提案による支配権争いについては当該指針が主に想定するものではなく、また裁判例の蓄積も少ない

*4 株主提案を受けた会社の取締役は、いつ法廷闘争に発展しても不思議でない状況であるため、株主総会の勝敗いかんにかかわらず、自身の行為が善管注意義務に反しないか、常に意識しておくべきである

*5 2023年、本日までに開催された株主総会では、公表情報ベースで、既に4社(2023年2月フジテック(株)、2023年5月(株)セブン&アイ・ホールディングス、2023年6月フューチャーベンチャーキャピタル(株)および東洋建設(株))で支配権獲得目的の取締役選解任提案がなされ、結果として3社で、提案株主による取締役会の過半数の掌握による支配権の異動が発生

2. 支配権争い下における役員責任追及の実務および意義

本事案の解説に入る前に、取締役の善管注意義務違反の一般論と、支配権争い下における株主による経営陣に対する損害賠償請求の実務および意義を概観します。

取締役は、会社に対する善管注意義務違反が認められる場合、損害賠償責任を負います。不祥事等の法令違反があった場合は、善管注意義務違反と認められる可能性が相応に高いですが、法令違反等の事象がない場合は、日本の裁判所は、原則として、経営者のビジネスジャッジを尊重する立場(経営判断原則)であり、情報収集や判断過程が著しく不合理と認められるような例外的な事案でない限り、損害賠償請求は認められません。また、支配権争いにおいて本丸は株主総会における議案の可否であり、損害賠償請求は付随的・事後的な争いに過ぎない場合が多いといえます。

しかしながら、冒頭に述べた昨今の風潮からすると、例えば提案株主が支配権を獲得した後に、支配権争い下において経営陣が支出した費用について、自己保身目的の会社財産の毀損であるとして、前経営陣に個人責任を追及して損害賠償請求を行うことは十分に考えられます。他の株主の支持を得て支配権を獲得した株主にとっては、他の株主への説明や、アクティビストであれば、他の投資先への圧力など、損害賠償請求を行う動機があります。

また、乗っ取り事案のように経営陣と提案株主の対立が激化したケースでは、対立の延長として、支配権を獲得した提案株主側の新経営陣が旧経営陣に対し弁護士費用の支出を損害賠償として追及する事例は一定程度見られ、本事案も当該類型の一つです。

支配権争い下の業務委託料の支出を、会社が前役員に対し損害賠償請求したという点で本事案と同種の事案として、ゲオホールディングス事件(名古屋地裁平成27年6月30日判決)、シグマ・ゲイン事件(東京高裁平成28年10月12日判決)があり、いずれも取締役の善管注意義務違反が認められた事案ですが、共通して、実体のない業務に対して報酬が支払われた事案でした。これらと比較し、本事案は、実体のある弁護士業務に対する支払いに関して争われた事案であるため一層判断が難しく、かつ、今後も発生しやすい事案といえそうですので、この種の事案の中ではもっとも重要なリーディングケースであると考えています。ただし、本事案は買収者の素性が特殊であり、どこまで一般化できるかについては留意が必要です。

さて、本事案の解説に入ります。

3. 本事案の解説

(1)本事案の概要と争点

テーマパークを運営するレジャー事業を営むJASDAQ上場会社(以下「S社」といいます)において、約16%の株式を保有する大株主(以下「提案株主」といいます)が、支配権獲得目的の取締役選解任提案を行い、S社と提案株主の間で、約2年にわたり激しい多数派工作や支配権争いが繰り広げられた事案です。結果として、提案株主が支配権争いに勝利し、提案株主が支配するS社が、解任した前代表取締役個人に対して、支配権争いに際し支出した弁護士報酬約2700万円の支払いについて、取締役の善管注意義務違反と主張し会社法423条に基づき損害賠償請求を行いました。S社は、支配権争いに際し、少なくとも4社の弁護士を起用していましたが、損害賠償請求の対象とされたのは、支配権争いに直接かかわる仮処分・裁判を担当したA弁護士を除く、3社の弁護士(*6)の報酬でした。

*6 セカンドオピニオンの要素もあったのではないかと推測される

提案株主は、平成25年6月からS社に対し役員選解任議案を提案し、2度否決されたものの、平成26年7月に臨時株主総会招集請求を行い、同年11月に提案株主が開催する臨時株主総会にて支配権を獲得します。

損害賠償の対象となった弁護士費用は、支配権争いに直接かかわる仮処分を担当していたA弁護士以外の3つの法律事務所(B-D)をあわせた、平成26年6月から同年11月までの約2700万円です。

各弁護士への委任事項は、支配権争いに巻き込まれた会社であれば、株主提案対応のために通常必要な事項とも思われますが、第一審はこれを役員の自己保身のための支払いであるとし、第二審は全く逆の結論を下しました。具体的に裁判所の判示の内容を見ていきましょう。

(2)裁判所の認定・評価

①両判決の認定
原審の控訴審の認定および評価を要約すると以下のとおりです(*7)。

*7 詳細は判決本文を参照されたい(「伊豆シャボテンリゾート元代表取締役に対する損害賠償請求控訴事件」資料商事412号(2018)158頁)

②両判決の結論が分かれた理由
両判決は、異なる判断枠組みを採用し、第一審は厳格な枠組み、第二審は役員の経営判断を尊重する枠組みを採用しています。このように判断枠組み、さらに結論が分かれた理由は、提案株主による支配権の獲得が株主共同の利益を害する可能性があるか否かの認定の違いにあり、すなわち第一審では、買収者の特殊な素性が立証されなかったのに対し、第二審では、買収者の特殊な素性が認定されたことが大きな要因と考えられます。

【買収者の素性として認定された特殊事情】
・提案株主が、S社の事業存続に不可欠な重要資産である公園土地建物に付された根抵当権の被担保債権を不正な手段により入手し、当該資産の競売の申し立てを行い、S社の信用を大きく毀損させたこと
・提案株主の支配者が、「ソープランドの帝王」と呼ばれた前科2犯の人物であること
・提案株主の支配者に、S社以外の上場会社の乗っ取りに関与しているとの指摘あり
・提案株主の支配者に、反社会的勢力との接点の指摘あり

以上を踏まえ、支配権争い下におけるアドバイザーへの委任・報酬支払にかかる留意点を解説します。

4. 本事案を踏まえた会社・経営陣の留意点

(1)本事案を踏まえた考察

控訴審は、①取締役が、株主提案などに対し、防衛策を検討せずに、無為に手をこまねいていたとすれば、むしろ善管注意義務違反になり得ること、②支配権争い下では、経営者は不確定・流動的な状況で迅速な対応を迫られるため、善管注意義務の判断は慎重にすべきであること、が明確に判示されており、昨今、アドバイザー費用の支出が問題視される中で、裁判所がこのような判断を示していることは極めて重要な意義を有します。

したがって、本事案のように買収者の素性が特殊な場合には、素性調査の上で、株主提案対策、防衛策の検討のためにアドバイザー費用を支出することは、基本的に問題なく認められる傾向にあると考えられます(*8)。

他方、提案株主がアクティビストや、発行会社との関係で事業上のシナジーのある事業会社であって、本事案のような特殊な素性が認められない場合は、不明確な部分が残ります。ただし、弥永真生教授や伊藤靖史教授は、一般論として、買収防衛策の実施自体とは別に、防衛策を用いることが株主共同の利益に資するかを判断するための情報収集として、弁護士に助言を求めることは、むしろ善管注意義務を果たすものであるとしており(*9)、このような考え方を敷衍すれば、買収防衛策以外の場面であっても、株主提案が株主共同の利益に資するかについての助言に関する範囲であれば、むしろ善管注意義務を満たすための支出であるとの整理が可能でしょう。

それでは、本事案を参考に、留意すべきと思われる点をみていきます。

*8 アドバイザーの手法も多様化しているが、法令違反行為の委任/法令違反を行うアドバイザーへの報酬の支出が許されないことは言うまでもない

*9 弥永真生「防衛策検討のための弁護士報酬と取締役の善管注意義務」ジュリスト1524号(2018)3頁、伊藤靖史「支配権争いに関連する弁護士報酬の支払いと任務懈怠責任」商事2310号(2022)70頁。他方、経営陣による防衛策の模索には、防衛策の実行と同じく、潜在的な株主との利益相反のおそれがあるため、より厳格に検討すべきであったとする見解も存在(メスキタ・小林エドアルド「企業買収防衛策と弁護士報酬を巡る経営者交代後の責任追及」1543号(2020)121頁)

(2)アドバイザーへの委任・報酬支払にかかる留意点

本事案を踏まえると、以下の5点に留意すべきです。

① 株主提案者の素性等の調査(株主提案の内容が企業価値を毀損すると考える根拠となる事情を含む)を行い証拠を確保する

② 不必要に多いアドバイザーへの委任となっていないかを確認する

③ 解任されることが現実化した後のタイミングでの新たな支出は慎重に検討する

④ アドバイザーと委任契約書を締結し委任事項を明確化する

⑤ 適切な意思決定手続(取締役会決議)を経る

個別に見ていきます。

① 本事案の両判決は、委任の必要性(提案株主による支配権の獲得が株主共同の利益を害するか)の有無が、結論を分けた大きな要因となりましたので、株主提案者のバックグラウンド調査、証拠収集は必須です。

② 第一審において、会社が支配権争いに直接関わる仮処分等をA弁護士に委任しており、その業務に特に不足する点は認められなかったと評価し、善管注意義務違反が認められましたので、経営陣としては、不必要に多いアドバイザーへの委任となっていないかという視点での確認は必要です。

③ 第一審において、B-D弁護士への委任が、平成26年に株主案と会社案の票が拮抗し経営陣の解任の可能性が現実味を帯びてきた段階で立て続けに行われたことが、経営者個人の保身目的の支払いであったと認定する根拠の一つとされましたので、経営陣としては、取締役の解任が現実化した後のタイミング(*10)での新たな支出は慎重に検討すべきです。

④ 言うまでもありませんが、特に複数のアドバイザーを起用する場合には、各アドバイザーへの委任事項の明確化/棲み分けが重要です。委任契約に沿った役務の提供があったことを示す証拠として、アドバイザーからの成果物を何らか客観的に残しておくことも必要です。

⑤ 株主から、特定の執行サイドの取締役の保身でアドバイザーを起用したとの批判が考えられるため、当該起用について、社外取締役も参加する取締役会で承認するなどし、選定手続の適正を確保する視点が重要です。報酬額が多額の場合は、株主から、「重要な財産の処分」(会社法362条4項1号)に当たり会社法の手続上取締役会の決議が必要などと主張される可能性もあるため、当該視点でも、取締役会での審議・決議は確実に経ておくべきです。

*10 例えば、会社提案が過半数ギリギリで可決された賛否拮抗株主総会以降などを想定している

本事案は、弁護士報酬の支出に限らず、支配権争い下における取締役の行為規範一般にも関連する示唆に富む司法判断の一つであり、また、弁護士以外のアドバイザー報酬の検討にも有益と考えたため、ご紹介しました。

今後も本企画では、有事下のガバナンス実務の最新動向を解説していきます。


Authors

弁護士 鍵﨑 亮一(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2002年弁護士登録(東京弁護士会所属)。02年~11年牛島総合法律事務所、12年~17年株式会社LIXIL法務部、17年~18年LINE株式会社法務室勤務を経て、19年1月から現職。

弁護士 小林 智洋(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2017年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。17年~19年渥美坂井法律事務所・外国法共同事業を経て、19年10月から現職。会社法を専門とし、株主提案・経営権争い等の有事対応、M&A、訴訟・紛争、スタートアップの法律相談等を取り扱っている。

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