【私小説】消えないレッテル 第13話

  *

 日曜日、私は、ちゃんと眠れたのだろうか。

 よく、わからない。

 とりあえず、スマートウォッチには六時間、睡眠していた、ということが記録されていた。

 金曜日の夜から日曜日の朝までに寝た時間が計六時間ということを認識した。

 頭痛が痛い、という二重表現が今の私には正しい気がする。

 そんなことを思っている現在進行形の私はツイッターに、かじりついていた。

 会社への恨みつらみをしっかりとツイートしてデジタルタトゥーを作成していった。

 私は私が今いる会社の名称の世界に刻み込んだわけではなく、名称を伏せた状態で愚痴をグチグチとツイートしていく。

 その作業を一日中おこなっていた。

 百四十文字マックスのツイート文字制限をピッタリと書いていき、一分ごとに、ひたすらツイートをする作業を繰り返す。

 そうこうしているうちに夜を迎えようとしていく中、私は、とある方に近況報告をおこなっていた。

 その方は精神・発達障害者のコミュニティを作っている、とても偉いお方であり、私の良き相談相手でもあった。

 私は、その方に会社から合理的配慮をすると言いながら、結局、合理的配慮をせずに九十九パーセント合格する面接を意図的に落とされたことをフェイスブックのメッセンジャーで報告する。

 しかし、私の思いとは裏腹に、今回の出来事を「どちらにも非がある」という感じで、その方は話してくれた。

『カミツキくんは、ちゃんと会社に自分の障害特性を話したの?』

『それは入社したときに言ってありました。けど、会社は理解してくれませんでしたから』

『確かに会社側の歩み寄りは必要だと思うよ。でも、カミツキくんは会社の人たちに歩み寄ったのかな? 会社の人たちに心をさらけ出してコミュニケーションを取ろうとした?』

『それは、でも、僕は目の前のことに必死で』

『今からでも、ちゃんと話してみたら。まだ、時間はあるんだし』

『はい。わかりました。ちゃんと話してみます』

 その方とのやり取りを終え、スマホを触る。

「あれ?」

 スマホの画面から黒い線が、いくつも表示され、ときどき虹色の線も映し出される。

 その画面をタップしても、画面には、なにも表示されなくなった。

「そうか。あのとき、会社でスマホを投げたから壊れたんだ」

 はぁ。

 会社を退職するというのに無駄な出費が。

 そして、PC画面に表示されているツイッターにかじりつき、百四十字ぴったりツイートを連続でしていく。

 頭の痛みを抱えながら、ずっとPCの前で、なにかと戦っていた。

 私は、そのとき、こんなツイートをしていた。

『この世界は偽物だらけだ。

 この世界に存在する創作物は偽物を売っている。

 AVやエロゲは男性が作り上げた願望で、本質は女性の皮をかぶった男性を観ているだけだ。

 対して、女性は少女漫画みたいな恋を望んでいる。

 女性はイケメンしか見ない。

 我々は、この世界の真実が見えていない。

 人類よ、目を覚ませ』

 誰に向けたツイートなんだろうな。

 あとは会社の愚痴、社会の愚痴でツイートは満たされていった。

 スマホが壊れたこと、身の回りのこと、眠れないこと、あらゆることをツイートしてデジタルタトゥーを残していった。

 結局、眠れないまま、月曜日を迎える。

  *

 朝八時五十分、私は在宅勤務用のPCを急いで起動。

 頭の痛みを全神経で制御していくイメージで、とにかく頭の痛みをごまかしながらPCのキーボードを叩いていく。

 メールアプリを確認する。

 メールが届いていた。

『カミツキさん

 お疲れ様です。

 ミズイです。

 今日から在宅勤務ですね。

 よろしくお願いいたします』

 二面性課長からだ。

 私は、そのメールに返信していく。

『ミズイ課長

 お疲れ様です。

 カミツキです。

 実は私、金曜日の結果を知らされたときから、月曜日の今日まで六時間しか眠れていません。

 面接の選考結果理由をお聞きしたいです。

 どうして私を落としたのですか。

 私のなにがいけなかったのでしょうか。

 教えていただけると幸いです。

 よろしくお願いいたします』

 そのメールを送信したあと、スマホから着信音が流れる。

 でも、スマホを操作することができない。

 壊れているから。

『カミツキさん

 お疲れ様です。

 ミズイです。

 そうですか。

 眠れていないのですか。

 今日の仕事を休んで病院へ行ったほうがいいと思います。

 その事情をお聞きしたいので、電話に出てほしいです。

 面接の選考結果理由ですが、それは会社の規則として、お伝えすることができません。

 よろしくお願いいたします』

『ミズイ課長

 お疲れ様です。

 カミツキです。

 そうです。

 眠れていないのです。

 残念ながら携帯電話が壊れており、電話に出ることができません。

 代わりにラインでの通話なら可能です。

 ラインIDを載せます。

 ×××××××です。

 私は面接の選考結果理由を教えていただけるまで、最後まで仕事をやり遂げます。

 よろしくお願いいたします』

 スマホが鳴る。

 鳴りまくる。

 ずっと鳴っているけど、その電話に出ることができない。

 壊れているから。

 私は思う。

 自分が正直者であると。

 私は働いてきたことにより、会社の人たちの前では正直でなければいけないということを学び、それを今、実際におこなっているのだ。

 私は会社での五年間を活かし、それを表現している。

 一般雇用の人でも、なかなか突破できない試験を合格した実力、今までの仕事での積み重ね、会社の人は、ちゃんと見てくれていると思っていた。

 けど、実際は私のことなんか見ていなかったのだ。

 面接でも合理的配慮をしますよ、と会社の人たちは言った。

 面接の質問だって、ちゃんと答えたはずなのに、なぜ落としたのだろう。

 たぶん、私は、あの面接で、こう答えるべきだったのかもしれない。

 私は普通の人以上に仕事ができます、と。

 そう答えていたら、面接を通った可能性があった。

 実際の私は「障害者だから、できることと、できないことの差があります。サポートがあれば、ちゃんと仕事ができます。よろしくお願いいたします」と言ったような気がする。

 でも、この答えじゃ、ダメだったんだ。

 私は普通を超えなければいけない。

 特別にならなければいけない。

 その気持ちを面接で伝えていれば、もしかしたら、通ったのかも。

 だけど、もう、それも終わった。

 私は今を生きて、未来へ進まなければいけないのだ。

 私は前進し、加速していく。

 この時間を生きていく。

 そのための選択をする。

 そのときは、そんなふうに思っていたのだ。

『カミツキさん

 お疲れ様です。

 ミズイです。

 眠れていないのなら、ちゃんと年休を使って休んでください。

 本当に携帯電話が壊れているのですか。

 ちゃんと電話に出てください。

 ラインでのやり取りは会社の規則で禁止されています。

 選考結果のことは置いておいて、今日は病院へ行ってください。

 救急車を呼びましょうか。

 よろしくお願いいたします』

『ミズイ課長

 お疲れ様です。

 カミツキです。

 眠れなくなった理由は、わかりますよね。

 どうして貴重な年休を使って休んでくださいと言っているのでしょうか。

 携帯は壊れていますよ。

 偶然によって壊れました。

 わざとではないですよ。

 業務時間のラインのやり取りは禁止されているのですね。

 では、このまま仕事を続けさせていただきます。

 病院へは行きません。

 救急車を呼んだら、私はミズイ課長のことを一生、恨み続けるでしょう。

 会社のこともです。

 この状態にまで私を追い込んだことを後悔してください。

 私は、このことを一生、忘れないでしょう。

 よろしくお願いいたします』

 スマホが鳴り続けていた。

 でも、壊れているので、出ることができない。

 こんなに電話をかけるくらいなら、規則を破ってライン電話をすればいいのに、と思う。

 ちなみにライン電話ができる理由は自前のPCにラインのアプリを入れているからだ。

 ネット環境は整っているので、ライン電話は、いつでもできるのになぁ。

 心配しているなら規則を破るくらいしてほしかった。

 本当は心配していないのだ。

 私は会社の在宅勤務用PCで仕事をしようとするが、なかなか脳細胞が働いてくれなかった。

 つまり、今の私には在宅勤務をこなせるほどの余力が残っていなかったのだ。

 私は鳴り続けるスマホを見つめていた。

 こんなに鳴り続けるスマホが目の前にあっても、画面が壊れているから、なにもできないなんて。

 ライン電話しろよ。

 無意味だなぁ。

「ああっ、クソッ!」

 私は近くにあったエクササイズマシーンを蹴り飛ばした。

 筋肉をつけようと買ったエクササイズマシーンだったけど、オランザピンの太る副作用で、ほとんど効果がなかった。

 なぜ、エクササイズマシーンを蹴ったのかは、わからない。

 ただ、どうしようもない怒りが脳細胞から全神経にまで、つながったのだろう。

 以前、私は、この光景を夢で見たことがある。

 約一年前かなぁ。

 私はエクササイズマシーンを蹴り飛ばして涙を流して鏡を見ていた。

 そして、今、エクササイズマシーンを蹴り飛ばして、涙を流して鏡を見ている。

 この運命は決まっていたのかと思った。

 こうなることは、あらかじめ運命として決められていた。

 私は私という器を超えることができない。

 私は、どこまでいっても私。

 私でしかない。

 もし、私が眠ることによって、夢の中で未来を視ることができる超能力者だったとしたら、どうしよう。

 そんなわけないか。

 そんなことを考えながら在宅勤務用のPCをずっと見つめている。

 午前十一時になったような気がしたとき、流れていく時間の感覚が、あいまいになってきた。

 そんなとき、在宅勤務用PCの画面がエラー通知を出す。

 英文によるメッセージが書かれていたのだが、すぐにOKをクリックしたが、在宅勤務用の画面が開けなくなった。

 もう一度、在宅勤務するためにログインパスワードを入力するが、何度やってもログインできなかった。

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