【私小説】消えないレッテル 第2話

  *

 仕事を終え、アパートに帰ると、私は早速、二次元のキャラクターが赤裸々な姿になっている絵に声が付いてオトクなPCゲームを起動する。

 二次元絵で自慰行為をすることは私の日課だ。

 おっさんとおばさんしかいない職場の人たちを思い出すと三次元のエッチな映像を再生したとしても、あまり性的興奮が起こらない私だが、別におっさんとおばさんしかリアルに存在しないから、若い女性が身近にいないから自慰行為ができないわけではない。

 なぜなら私は、その機能を抑える薬を飲んでいることが原因で半勃起不全になっているのだ。

 私が飲んでいる医療用医薬品のひとつであるオランザピンは、副作用として眠気やふらつきが起こったり、体重増加や高血糖、最悪の場合は糖尿病を発症してしまう可能性があったり、口が渇きやすかったり、便秘しやすいデメリットがあったりするのだ。

 そんなこと言ったってわかんねぇよ、というのが健常者の主張だろうが、一緒に働いている職場の人間が二リットルのペットボトルを直接口づけてゴキュゴキュ飲んでいる姿を想像してみてほしい。

 そのワンシーンを見ただけでも異常だと判断するのが、あなたたち健常者だ。

 私は副作用として口が渇きやすいから二リットルのペットボトルのお茶を持ち歩いているのであって、なにも異常だと思われたくて二リットルのお茶をゴキュゴキュしているわけではないのだよ。

 おわかり?

 それを異常だという健常者の皆様方がいるおかげで私は八百ミリリットルの水筒も持ち歩き、社内のリビングでわざわざペットボトルに入ったお茶をわざわざ水筒に入れている。

 異常だと思われないためにな。

 話がそれた。

 性欲の話に戻そう。

 私は中途半端に性欲があるせいか、今、飲んでいる薬であるオランザピンを中断したい思いがある。

 もう、私は若くないと思ってしまうくらいに男性器の元気がない。

 私は統合失調症という病気を発症する前に性行為を経験できなかったことを非常に後悔している。

 中学一年のあのとき、親に隠れながら、こっそり親のPCを借りて観たエロ動画が私の自慰行為の始まりだった。

 無料のサンプル動画だったが、中学一年時の私には衝撃的な映像だった。

 セックスの意味をあのとき初めて知ったのだ。

 どうして子供が生まれるのか、その疑問の答えが、そこにはあった。

 男性器を女性器に挿入する。

 たった、それだけだったのだ。

 幼稚園児だったころか、小学生だったころか、その疑問の答えにたどり着いていない時期の私は、どうして、できちゃった結婚という概念があるのか不思議で仕方なかった。

 そのころの私は子供ながらに純粋でポケモンのソフトが入っているゲームボーイの通信ケーブルのような感覚で自動的に子供ができちゃったんだ、子供が勝手に作られるワイヤレス通信が起こっちゃったんだね、そういう運命で運が悪く結ばれちゃったんだね、かわいそう、くらいに思っていた。

 知人でもないのに子供ができるニュースもあるくらいだから、なんて悪いコウノトリさんなんだ、と。

 そんな純粋な私は中学生になって間もないころに子供が生まれるってことが汚いことだったんだな、と思い知らされた。

 生まれるって綺麗な、純粋無垢な感覚のものだと思っていたけど、その前は男性器と女性器も交わらせるという汚い行為があったからこその生まれ方をしてきたんだね、って思ったり。

 私は、それから汚い現実を知っていく。

 私は、この世界が汚れで、できていることを知っていき、告白して何回も振られて、私は恋愛において「弱者」としての称号が付けられていったのだった。

 私は二十代後半にもなり、まだ童貞である。

 私は求めている。

 刺激を、快楽を、穴を入れてくれるナニカを。

 だけど、そんなものはないことを私は知っている。

 この世界はマガイモノで、できている。

 私は、これからも人を騙し続けなければいけないのだ。

 私は異常じゃないんだって、健常者の皆様方に証明しなければ、仲間になんて入れてもらえるわけがないだろう。

 私は私の中に出てくる異常を排除しなければいけないのだ。

 異常を壊さなければ、普通じゃないというレッテルが付いてくるから、私は普通であることを社会に、世界に示し続ける努力をしなければいけない。

 私は、まだ発展途上の段階に過ぎず、私を受け入れてくれる誰かを、私という存在を認めてくれる世界を探している。

 その準備段階として、私は会社で働くのだ。

 私は、ちゃんとできるって、この世界に言ってやるのだ。

 じゃないと、私は私なんかじゃない。

 できない私は存在価値がない。

 自慰行為を終え、PCを閉じ、夕食を食べ終え、目の前にあるオランザピンを見つめる。

 よう、オランザピン。

 今日の夜も脳神経を押さえつけてくれてありがとな。

 おかげでドーパミンだかアドレナリンだかの幸せ的なホルモンは分泌されなくなっているし、もう二度と純粋な勃起ができねぇし、溢れ出る焦燥感が半端ねぇわ。

 俺以外のみんなは、きっと純粋に楽しいセックスをしているんだろうな。

 久しぶりに会った知人や親戚に「太った?」と言われることに何回も虫酸が走るけど、薬の副作用で太っていって醜くなっているなんて本音を誰にも言えねぇし、正直、死んでしまいたい気分だよ。

 だけど、おまえを飲んでいると眠れるんだわ。

 正直、おまえを飲みながら会社に通うことはマンネリ化してきたけど、あと何年か耐えれば、俺は正社員になれる。

 もう少しの辛抱だ。

 それまで、どうか僕を支えてくれよ。

 私も死ぬ気で、がんばるからさ。

  *

 翌朝、いつも通りの身支度をして、会社へ入り、ラジオ体操を終え、朝礼の時間になった。

 今日の会社の朝礼は少しだけ長い時間になるようで、なにやら、この総務部に新しく入る人がいるそうなのだ。

 いったい誰だろうと思った、そのときだった。

「今日から総務部に所属することになりましたゲンショー・オリエです。至らないところはあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

 私はゲンショー・オリエと名乗る彼女に運命を感じた。

 なぜかって?

 彼女には閉鎖病棟に入院していた過去があるからだ。

 私はそのときに一目惚れしてしまった。

 私が閉鎖病棟を入院していたころから、私は彼女のことを知っている。

 彼女が私のことを知っているかどうかはわからないが、きっと覚えてくれているはずだ。

 しかし、覚えているから、なんだというのだ。

 「低学歴」「低収入」「低身長」な三低の私が彼女のお眼鏡に叶うわけがないとはわかっているけれども、ここで動かなければ男じゃない。

 てか、私って男なのかな?

 知らんがな、と言いたくなる、そこのあなたは知らないと思うが、私は私を中性的な人間であると認識している。

 だが、それは誤解かもしれない。

 私が下の棒きれにおかずとして与えているのは女性の裸体なのだが、大体ABCのB的なプレイの時だけだ。

 私は、いわゆるAVで男性器から発射される精液が女性の顔と胸にかかるシーンにしか興奮せず、女性器の興味なんて正直そこまでないのかもしれない。

 B的シーンばかり観るのは、私がおっぱいに興奮しているのではなく、男性器に興奮している可能性があるのかもしれないし、ないかもしれない。

 結局のところ、わからない。

 だけど、私は私を中性的だと思っている。

 だって、女性器に興味があったらC的プレイばかりみているだろうしね。

 しかし、この社会は法律的に女性器にモザイクをかけるから、あまり興奮しない。

 AVの映像を観ているはずなのに、なぜか、その情報を遮断しているかのようにも感じる。

 そもそも女性器って存在するのかな、と思う。

 私は、いったい何を見ているのだろう。

 そうだ。

 この現実が存在するのだって疑わしい。

 目の前のゲンショーさんだって存在するのかさえ証明できないかもしれない。

 私はゲンショーさんの様子を見守ることにした。

  *

 私の興奮は一向に止まないでいた。

 ゲンショーさんは存在する。

 ゲンショーさんの存在感は、ほかの誰よりもあった。

 そうだ。

 彼女は美しい。

 その美貌は天照大御神のように――どんな神様かは具体的には知らんが――太陽神としての権能を世界に与えているようにも見えた。

 あのときに見かけた美しくて可愛らしい人が斜め向かいの席にいるだけで私の心臓の鼓動がマックスレベルに速くなっていく。

 この衝動をどう処理しようか、なんてのは、もう決まっていた。

 私はゲンショーさんに似たAV女優を探し出し、そのAV女優が出ているデビュー作を見始めた。

 基本的にAV女優はデビュー作では純粋無垢に演じていることが多い。

 それは演技だけどな。

 わかりきっていることだ。

 しかし、リアルのゲンショーさんが清純である、ということを期待してもいいじゃないか。

 人間の脳みそは嘘を信じることにより、進化してきたと言われている。

 きっとゲンショーさんは処女ではないだろう。

 けど、処女である嘘を咀嚼して飲み込むことも男として大事な要素なのではないだろうか。

 私が未来的に交わるときに童貞だと思われないようにしなければいけないことを考えると、それはきっと「中古」という言葉で片づける歪んだ価値観の男どもが、わんさかいる、この世の中でゲンショーさんに対して価値がない「中古」だと言って彼女を傷つけようものなら、私は歪んだ男どもを睨みつけ、「彼女を傷つける、おまえたちを僕は絶対に許さない」と言うのだ。

 かっくいー。

 そして、こう決め台詞。

「僕は、どんな君でも愛してみせる。結婚しよう」と。

 きゃー。

 そんな妄想ばかりして、本当に気持ち悪いな、私。

 しかし、こんな妄想だけでは事が進まない。

 せっかく斜め向かいの席に座っているのだ。

 積極的にコミュニケーションを取っていかないと。

 私は明日に期待した。

 飲みたくないオランザピンを飲みながら、なにかを決意した。

 ネット上にバラ撒かれている「職場の女性との関わり方」の記事を舐め回すように閲覧しながら、明日に備えていく。

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