【私小説】閉鎖の真冬 第7話

  *

 過去がデータ化されているとして、その事情を証明できる人はいるだろうか?

 いや、いない。

 そもそもデータ化ってなんだよ……。

 その理論が正しいとすれば、今のコロナ禍の現状に問題なく対策が打てるはずである。

 でも、その理論を証明したとして、結局なんになるっていうんだ……。

 たとえ、その理論が正しいとしても、今のこの現状を解決しなければ、お話にならない。

 現状、僕が起こしたことに対して、誰も、なにも言ってこないのが、その証左だ。

 日本中の人たちが僕のことを知っているなんて、本当なのか?

 僕の恋が、どうなるか、なんて、そんなの僕の自由だろ……。

 どうしてコロナ禍だというのに僕が中心にならなければいけないのだろうか?

 実際問題、なっているかどうかなんて誰にもわからないけれど。

 そんなことを話題にしたところで、なにも解決していない現状をなんとかしなければ、な……。

 まあ、そんなことを思いつつも、どうにもならない、この現状をどうにかしなければと思うのである。

  *

 過去改変が、なんらかの事情で起こったとしても、それが確かなものであると確証ができない。

 タデラさんと別れたのは一月下旬ごろだったか。

 彼は僕より一歳年上の男性だったけど、もう別れの時期になるとは思わなかった。

 彼と連絡先を交換して別れたあとにデンショーくんとヘンドくんと知り合いになった。

 デンショーくんとヘンドくんと知り合いになったのは二月ごろだったように感じる。

 デンショーくんは同性にしか興味がない「○イ」の青年で、ヘンドくんはアセクシャルというLGBTでの特殊な分類わけがされる少年だ。

 彼らは多少、差別意識が所々に感じられるが、まあ、基本的にはやさしい人たちなので、気にしないようにしている。

 特に「オーソージ」しか言わない男性ことフクダくんに変なワードを植え付けたりしている(いい加減にしろ)。

 オーソージなフクダくんは最近「三月三日サンガツミッカ、オウチ!」が口癖になっており、本当に、その日に閉鎖病棟を出ることができるのかは疑問である(実際、彼は三月三日に出なかったけどな)。

 で、デンショーくんとヘンドくんをくっつけたきっかけは僕だった。

 彼らが付き合い始めたきっかけは僕が作った。

 彼らが閉鎖病棟でエッチなことをさせたきっかけを作ったのは僕だ。

 僕には、そんな気は、さらさらなかったけど、彼らの縁結びをしたのは僕だった。

 タカチョーさんとセウチさんがニヤニヤしながら『絶対エッチなことしてる!』という台詞が印象的だった。

 そうなのだ。

 ヘンドくんのブツをデンショーくんの口でイカせていたのだ。

 さすがに僕はドン引きだね。

 閉鎖病棟は、そんなことをする場所ではありません。

 ヘンドくんは一緒に入れたはずの公衆浴場に入る権利を失ってしまった。

 そこから、ちょっとおかしくなり始めたのだ。

 閉鎖病棟で、やることじゃないのに、こいつらはアホかもしれない。

 そういうのは閉鎖病棟で、やるべきじゃないのに……。

  *

 全パラレルワールドをすべて統合して再構築できるなら、コロナ禍は収まるのに……。

 そう思うのに、どうして現実は、こうも、うまく……いかないのだろう。

 決して怪しいことをしているわけじゃないのに。

 全パラレルワールドを再構築して、すべてをつなげる超能力者ならば、この世界中で誰よりも強いと誰からも認識できるだろう。

 本当に、そういう能力があるとするならば、だが。

 実際のところ、僕は無能力者だったのだ。

 そんな超能力は始めから持っていなかったんだ。

 本当に全パラレルワールドを結合できる超能力者なら、新型コロナウイルスは消滅しているはずなのに……どうしてコロナ禍は収まってくれないんだ?

 すでに革命は終わっていた。

 結局のところ、僕は無能力者だったらしい。

 現実と虚構が入り交じる世界で、僕は無能力者として生きている。

 僕が本当に超能力者なら、この世界の構造を変えまくっているに違いない。

 けど、本当は無能力者なのだから、世界の構造を書き換えているのは「フィクション」だということになる。

 それは僕が見ているもののほとんどは、すべて嘘っぱちということになる。

 だから、統合失調症という病名が付いたんだろうけど。

 僕は無能力者で、ただの病人だという真実に気づくまで、だいぶ時間がかかると思う。

 幻視で見えていたトコロ・ジ○ージの番組は幻だったということだ。

 四次元理論を最初に発見した者が僕だとして、それを世界が証明できるか、という問題だ。

 僕が中途半端な論文を書いたところで、誰にも理解できないだろうし、ましてや物理学は僕の専門じゃない。

 そんな超能力を持っているのなら、コロナ禍の世界は、とっくに終わっているはずだ。

 そう、すべては僕の見てきたものが真実であると証明しなければならないのだ。

 本当に僕に過去改変能力があるのなら、過去に鬼がいたという世界線(『鬼○の刃』の世界観が存在していた証明にもなる)を構築できるだろうし、大正時代にカマド・タンジロウとカマド・ネズコが結婚した世界線をつくることも可能だろう。

 兄と妹が結婚できる世界線をつくることだって、もちろん可能だ。

 日本の法律を書き換えるのは、そんなに難しいことじゃないかもしれないな――本当に過去改変能力を持っているとするならば、だが。

 実際、僕には、そんな能力はなかったんだ。

 すべての世界線を統合できるのならば、きっと誰にもできるようなことじゃなくて、それを可能にしたのは、僕の能力じゃないということになる。

 本当に神様が存在するかどうかなんて、わからないけど、もし存在するというのならば、それは「未来人」であるということになるだろう。

 過去はデータ化されている……それらを証明するためには四次元理論を証明しなければいけない。

 けど、僕は勉強が苦手だ。

 物理学なんて、まったくできないだろうし、誰も僕が勉強できるタイプなんて思わないだろうから、僕が解くべき課題じゃない、ということになるだろうな……。

 僕の次の世代が、四次元理論を解明するかもしれないし。

 で、これから、少し過去へ戻ろうと思う。

 僕が感じた世界のすべてを、これから書こうと思う。

  *

 ――二〇二一年一月。

 僕は過去の事情をすべて認識していた。

 クチタニ・キシゲがヒバナ・モエルとエッチしていたという情報が僕の脳内にはあったのだ。

 そして、その魔の手は彼女にも及ぼうとしていると。

 やめてくれ。

 僕の彼女に手を出さないでくれ。

 これ以上、僕から、なにもかも奪うな。

 そう思っても、ここは閉鎖病棟内だ。

 閉鎖病棟内で、できることは限られている。

 ましてや外へ出ることなんて、閉鎖病棟ではできないのだ。

 その間で、彼女が襲われていると考えるだけでも虫酸が走る。

 大事な人なんだ。

 彼女には、手を出すな。

 そう思っても、現状は変わらない。

 二十九年間、障害者である僕をいじめていた事実を僕は世間に公表しなければいけないのである。

 たとえ、それが嘘偽りであると突っぱねられても。

 僕の頭の中にはガラスが割れたような感覚のあとに、過去の映像が流れ出すような感覚があった。

 頭の中がミックスするように、その映像は鮮明なものとして脳内に顕現した。

 その映像が正しいという感覚は、僕が「目に映るものを真実だと認識している」からだろう。

 結局、誰にも理解できない感覚だったのは間違いない。

 なんとかして、その事実を解明しなくてはいけない。

 コーダさんが僕のことを「王子様の生まれ変わり」じゃないかと言ったときから、頭の中の感覚がおかしなふうに行ってしまったような気がする。

 本当に超能力者なら、すべての問題を解決できるのに……。

 悲しい具合に現実は、むなしさでいっぱいになってしまう。

 本来、すべての世界を結合できる能力者がいるのなら、こんなコロナ禍は、とっくに終わっているんだろうけどな。

 その証明ができるわけがないのに、どうして僕は悩んでいるんだ?

 悩んでもしょうがないことだって、わかっているつもりなのに。

 つまり、第三次TK革命の終わりは、最初から始まってもいないし、終わってもいないということになる。

 むなしい具合に現実は突然やってくるのである。

 過去も未来も書き換えられるのなら、みんなやっているさ。

 でも、過去が変えられるのなら、みんな変えたいだろうしな。

 現実問題、過去改変ができる能力者なんて始めから、いないのかもしれない。

 たとえ脳内の映像が真実だとしても、その対応策は僕が解決できるものじゃないんだ。

  *

 本当に過去改変能力が使えるのならば、この現状をどうにかしなければいけない。

 結局、過去は変えられなかった、ということになってしまうと、どうも収まりがつかない。

 僕は彼女が欲しかった。

 彼女と結婚したかった。

 けど、その未来は描けそうにない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?