【私小説】神の音 第8話

  *

 ――クリスマスの時期が終わった。

 思えば青春送ってないなあ。

 高校三年生だから受験シーズン真っ盛りだしそんな暇ないなあと思った。

 でも僕はAO入試を受けた。

 結果は多分合格だろう。

 ちなみに薬学部。

 面接では言葉がカミカミだったが、うまいことアピールできたと思う。

 自信は半々だったが、今となっては不安はない。

 まあ、落ち着いていられる自分は異常だと思う。

 次は、センター試験を受けなければならない。

 AO入試はAO入試。

 僕にはセンター試験がどんなものか分からなきゃいけないという思いと、センター試験のお金は払ってあるので受けなきゃいけないという思いがあった。

 二〇一一年一月、僕はセンター試験の時期になると試験会場に向かった。

 試験会場には僕が通っている高校と僕が昔通っていた高校があった。

 昔通っていた高校は遠方のところにあるので、僕は昔通っていた高校がこの会場に来ていることを意外に思った。

 昔通っていた高校の生徒で何人か知っているような人たちに出会った。

 僕は知り合いっぽい中学の後輩の前で「おっ」と声が出たりしたが、無視されてしまった。

 何だか僕は悲しくなってしまった。

 センター試験を受けてみたのはいいけど、僕にはどの問題も難しく感じた。

 頭の悪いことは分かっていたけど、ここまでだったとは。

 僕は自分自身を卑下した。

 僕の今通っている高校の特進クラスの人たちはちょっと難しいところがあったみたいだけど、そんなに問題は苦しくなかったみたいだ。

 僕は心の中で「すごいなあ」と思った。

 やっぱり僕とはだいぶ頭の構造が違うみたいだ。

 そんなことを考えながらセンター試験は終了した。

 僕としてはあっという間だった。

 何だか気分が物足りないなあと思った。

 でも、僕はできなかった思いもいっぱいだった。

 受験って大変だなあとも思った。

 僕は帰る準備をした。

 受験シーズンがあっという間に終わっちゃったなあと思った。

 振り返るのは簡単。

 やるのは難しい。

 僕は名言? だか分からないワードを心の中にしまった。

 もうこれ以上心の中で呟くのをやめよう。

 そう思った。

 僕はバスに乗って帰るためにバスに乗った。

 バスはセンター試験の受験生でいっぱいだった。

 バスの中に入るとどこか懐かしい雰囲気の子がいた。

 制服は僕が昔通っていた高校のものだった。

 眼は一重だけど、どこか力のある眼差しだった。

 僕は思った。

 あれはツキコだって。

 ツキコ……僕の中学の頃の後輩。

 髪型はショートヘアーであどけない笑顔が可愛らしい感じの子だ。

 僕は懐かしさが心の中に染み渡った。

 なんてタイミングなんだろうと思った。

 僕は彼女に視線を送る。

 彼女も僕に気づいたようだった。

 だが、バスの場所は遠く離れており、話すのには距離が遠すぎだ。

 バスの中は受験生でいっぱいだった。

 だからバスの中で話すことはできなかった。

 ツキコはバスを出る。

 僕もそれを追いかけるようにバスを出た。

 まるで僕はストーカーのような行動をしていると思ったが、僕は懐かしさと会いたい気持ちでいっぱいだった。

 あれは本当にツキコなのだろうか?

 疑心暗鬼になりながらも僕は彼女に近づいていく。

 でも、話しかける勇気はなかった。

 あの子がツキコじゃないなら僕は何に興奮しているんだろうと思った。

 興奮……ツキコに会いたいという気持ちにだ。

 僕はツキコに会いたかった。

 僕は昔の高校をやめたことを激しく後悔している。

 だからツキコを思う気持ちは非常に大きかった。

 僕が高校を中退した後、彼女はどんな青春を送ったのだろう?

 違う高校に通っている時もツキコのことを思っていた。

 第一、僕がトモエちゃんを好きになった理由はツキコに雰囲気が似ていたからだった。

 ツキコに会いたい気持ちは新しい高校に入った後も積み重なっていたのだ。

 会いたい。

 ツキコに会いたい。

 会いたいよ。

 ツキコ……。

 彼女は電話をしている。

 駅から帰る準備をしているのかな?

 ああ、電話を切った。

 駅で帰るチケットを買っているのかな?

 あ、駅に入っていく。

 もう、終わりだ。

 僕は結局ツキコらしき人物に話すことなく、ただ彼女の帰る道を見ているだけで終わった。

 終わったのだ。

 すべて……終わったのだ。

 ――翌週の月曜日。

 僕は学校に通っていく。

 学校に通うしかないのだけど。

 高校の生徒であるからには。

 僕は手で髪が生えそろうのを確認した。

 特に横側の髪。

 髭剃りで剃った後はもうなくなっていた。

 僕は心の中でホッとした。

 ようやく髪が揃ったんだなと思った。

 僕は学校の教室に入る。

 すると、教室の中で噂話が聞こえた。

 誰の噂話だろう? と僕は思った。

 話を聞いていくうちに……僕は知ってしまうのである。

 これは僕の噂話だと。

「カミツキの本当の好きな人って……」

「ああ、聞いた。タケマルさんでも……」

「ヤウチさんでもないんだって」

「本当に好きな人は……」

「……ツキコという人だって」

 僕は驚愕した。

 なんで知っているんだと。

 どうして?

 どこから?

 どこで聞いた?

 僕の思いは渦巻いていく。

 どういうことだ?

 どうしてみんな知っている?

 僕の昔通っていた高校と繋がりがあったのか?

 なんでだ?

 なんでなんだ?

 僕は話を耳で聞いていく。

「ツキコさんはカミツキのことが好きだったんだって」

 何だって?

 本当なのか?

「中学の頃は気持ち悪いと思っていたけど、高校をやめたと聞いたとき心配したんだって」

 なんで僕が高校をやめたときの情報を知っている?

 僕は周りから年上だと認識されていたのか?

 知らなかった。

 そのことを僕は失敗だと思った。

 僕は年上だと知られたくなかったからだ。

「ツキコさんはカミツキと同じ大学に行くって言ってるよ」

「じゃあ、大学でまた再会するんだね」

 ほ、本当なのか?

 僕は大学でツキコと再会するのか?

 大学で一緒にキャンパスライフを送れる?

 僕はそのことを知って嬉しかった。

 とてもとても嬉しかった。

 一番好きな人が僕のところへ来てくれる。

 それだけでも僕は嬉しかった。

 やっと人生が報われるんだなあと思った。

「でも、タケマルさんはどうするの?」

「タケマルさんはカミツキのことを好きなんだよね?」

「カミツキはツキコさんの事情を知らないわけだし……」

 もう、聞いていた。

 僕の意志は決定づけられた。

 僕はツキコのことが好きだ。

 だから僕はツキコと一緒にキャンパスライフを送る。

 トモエちゃん、ヤウチさん、さようなら。

 僕はツキコと青春を送る。

 他の偽り染められた青春なんか必要ないんだ。

 ――帰り道。

 僕はトモエちゃんに会った。

 トモエちゃんはどこか悲しそうな顔していた。

 トモエちゃんは知ったのだろう。

 僕とツキコの事情を。

 だから悲しそうな顔をしているんだ。

 僕も内心悲しかった。

 トモエちゃんとは色々なことがあったなあ。

 でも、僕たちは前に進まなきゃいけない。

 前に進むしかないのだ。

 それが僕たちにとって最良の選択なのだ。

 改めて言おう。

 さようなら、トモエちゃん。

 今まで本当にありがとう。

 僕は心の中で感謝をしながらトモエちゃんを通り過ぎていった。

 ……あ、ヤウチさんだ。

 ブツダ君と一緒に楽しくしゃべっている。

 ヤウチさんとも色々あったなあ。

 ヤウチさんには色々酷いこと言われっぱなしだったっけ。

 彼女はブツダ君を選んだのだろう。

 彼女にも改めて言おう。

 さようなら、ヤウチさん。

 ヤウチさんも、今まで本当にありがとう。

 僕はヤウチさんが楽しそうに喋っているのを見終わるとすぐさま家に帰っていった。

 ――卒業式。

 二〇一一年三月、僕はこの学校を卒業することになる。

 さよなら、高校時代。

 さよなら、青春時代。

 僕は自分の中で満足していた。

 四年間、色々なことがあった。

 他の人より一年多かったけど、充実した高校時代だった。

 それもこれもみんなのおかげだと思う。

 色んな意味でね。

 僕は高校時代に彼女をつくることができなかったけど、それもこれも自分が不細工だったからだと思う。

 だから僕は不細工らしく生きてこれたんだと思う。

 僕は色んな意味で恵まれていると思う。

 不細工だけど将来的に付き合うことになるツキコがいるから。

 この高校を卒業した後、僕は大学でツキコに告白するんだ。

 不細工だけど許してくれるかなあ?

 僕は心配になる。

 ツキコと付き合えないんじゃないかって。

 でも、大丈夫。

 みんなが教えてくれたから。

 僕にツキコの事情を間接的に教えてくれたから。

 僕は生きていける。

 ありがとう、みんな。

 僕は感謝の気持ちでいっぱいだった。

 卒業式が終わった後、僕は声を聞いてしまった。

「お前、知っていたかよ? カミツキが年上だってこと」

「ああ、知ってたよ。カミツキは前の高校をやめてこっちに来たんだよ」

「へえ、だからあんなに挙動不審だったんだ」

「あいつさあ、知っているのかなあ? 噂話が全部嘘だってこと」

「ああ、あの噂。あいつ知ってるのかなあ? 女子が言ってたんだよ。『カミツキがこっち見てるー』って」

「へえ、それで?」

「『キモい』ってさ。でも顔が笑えるからある意味好評だったみたいだけどね」

「あいつさあ、顔の横側だけハゲだったことがあったじゃん?」

「ああ、あった。あれ笑えたわ」

「噂によるとさあ、あれ、下宿に住んでいた先輩のせいでああなったみたいなんだって」

「先輩の写真見せたって噂だぜ? ヤウチとかブツダとかに見せたって。『イケメンか?』って」

「洗脳でもされたんじゃね? あいつ頭悪いからさあ何でも言うこと聞きそうだよなあ」

「薬学部入ったのってさあ、背伸びするのが目的じゃなくて、先輩に洗脳されて入ったって可能性が高いよね?」

「あいつ頭悪いから絶対留年するよね。薬学部に入ったのが運の尽きだって」

「あー、あるある。薬剤師になるのは結構大変なんだよなあ」

「あいつには無理だって」

「ギャハハッ! そうだよね!」

 僕は……言ってる意味がよく理解できなかった。

 全部……嘘だと思った。

 どこの……情報なんだと思った。

 嘘だッ!

 全部嘘だッ!

 僕は心の中でそう思った。

 ……じゃあ、ツキコは来ないのか?

 ツキコ……ツキコ……来ないんだ……ツキコ……。

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