【私小説】神の音 第11話
*
二〇一二年八月上旬、僕は再び編入をするために勉強をし始めた。
英語の単語帳に書き込みをする日々がずっと続いていた。
僕はこんな勉強で大丈夫かなあと思った。
英語の文とその翻訳をノートに書き写す勉強もやってみた。
頭に染みついていくような感覚にもなったが、それは一時的なものだった。
英語のCDをひたすら聞く勉強もやってみたが、やっぱり頭に身につかない。
どうしてだ?
どうしてなんだろう?
僕には才能がないのだろうか?
どんなに勉強をしても頭にスーッと入らない。
才能の問題なんだろうか?
僕はそんなこと信じたくなかった。
そんなことを信じても杞憂になるだけだと思った。
僕は考えることをやめた。
考えることをやめてひたすら英語の勉強をした。
何よりもコツコツ努力することが大事なんだ。
僕はその考えを認めたかった。
認めるしかなかった。
それが第一だと信じたかったんだ。
この頃までは。
僕は知ってしまうことになる。
自分の努力の儚さを。
*
二〇一二年八月中旬、僕は地元に帰ってきた。
地元に戻ってきた理由は主に地元の祭りに行くためでもあった。
僕は心の中でツキコに会えるんじゃないかと思っていた。
でも、彼女は付き合っている身だから会っても仕方がないんだけど。
コウ君に久しぶりに会った。
コウ君も言っていた。
「タケルがツキコのことを好きだったのは前々から知っていた。だけどもう諦めた方が良い。現在の状況でツキコを振り向かせることはできない。だいたい連絡先も知らないでどうやって振り向かすことができるんだ」と。
僕は確信した。
ツキコにはもう会えない。
会ってはならないのだと。
祭りに行って下心を埋めるのも、もう限界になっていた。
それはもう仕方のないことだと認識するしかないんだ。
僕は祭りには行ったけど、ツキコに会えることはもうないと思った瞬間、地元にいることを放棄したくなった。
もう、何もかもが嫌になった。
*
二〇一二年八月下旬、僕の携帯に久しぶりにメールが届いた。
メールの内容は以下のようなものだった。
『お久しぶりです。元気にしていましたか? 今度、新潟で小学校の同窓会をやることになりました。日程は以下の通りです。二〇一三年一月四日金曜日十九時、場所は◯◯にて。分からないことがあったら連絡お願いします。ワタリ・ミユキより』
ワタリ・ミユキ。
その人はかつて僕の好きだった人の名前だ。
僕は小学校五・六年生だった頃、新潟に転校していた。
その新潟の小学校で出会ったのがワタリさんだった。
ワタリさんは活発で明るい子だった。
ちょっぴりぽっちゃりしていたけど、容姿は可愛らしかったと思う。
僕は彼女に告白したかった。
けれど、当時は小学生だったこともあり、男女の間には境目があった。
男子は男子のグループに、女子は女子のグループに、異性の交流は少なかったと思う。
そんなことで僕は彼女に告白できなかったのだ。
情けない話である。
彼女はあれからどうなっていたのだろうか?
現在、どんな容姿になっているかとても気になる。
やっぱりあれから太って劣化していたりするのだろうか?
失礼な言い方をして本当に申し訳ない。
でも、気になるのだ。
彼女がどんな容姿になっているか? と。
僕はなぜか不安の気持ちでいっぱいだった。
彼女がどんな容姿になっているんだ? と。
いい加減しつこいなあ。
僕は心の中でそう思った。
まあ、気になるのだ。
それくらいね。
彼女の姿がどうなっているにせよ、もう一度会ってみたいものである。
僕はメールに『お久しぶりです。僕は元気です。同窓会に参加したいと思います。よろしくお願いします』と記入してメールを送った。
*
二〇一二年九月、僕は街の中をさまよっていた。
街の中をさまよっていると、声みたいなものが聞こえた。
「ねえねえ、あの人知ってる?」
「知ってる知ってる! あのコンテストに参加しているんだってね」
「あの人は有名になるのか」
「有名になるんじゃない? あのコンテストに出るってことはさ」
「やっぱりカッコいいよね」
「うん、カッコいい♪」
何なんだ?
この声は?
まるで自分の周りでいつも聞こえているようではないか。
こ、怖い。
こんな声が待ち行く街で毎回同じように聞こえるのだ。
どうしてなんだろう。
まるで自分のことのように感じてしまうのだ。
自意識過剰だろうか?
他の人の可能性も考えてみる。
――いや、やっぱりそんな人はいないんじゃないだろうか?
僕の街でそんな人はいないはず――
ましてやヒーローになるための近道になるコンテストでそんなにホイホイ同じ地域で出るはずがない。
僕は自分のことじゃないかと思い始めた。
なんでそう思うかと言うと、自分しか当てはまる人物がいないんじゃないかと思うからだ。
カッコいいは冷やかしとして認識するけど――
――やっぱりおかしい。
おかしい。
何もかもが。
なんで僕と同じような情報が僕の街で溢れているんだ?
――雑誌を見た方が良いのかな?
それとも、あのコンテストのモバイルサイトを見た方が良いのだろうか?
自分の写真が載っていると考えるだけで鳥肌が立ってくる。
じゃあ履歴書と写真なんて送るなよと自分一人でツッコミをしてみる。
――凄まじく痛ましい。
分かってはいるんだけど、自分って相当痛い人間だったんだなと思えてくる。
何だか恥ずかしくなってきた。
ちょっと屋上から飛び降りたくなってきた。
ああ、恥ずかしい恥ずかしい。
――結局、あの声は何なのだろう?
僕は自分でも分からないから、この状況をどうしたらいいか分からなかった。
*
二〇一二年十月、夏休みが終わり、学校へ通う時期になった。
まだ、声が聞こえる。
どうしたらいいんだろう?
周りにニタニタ笑われているような気がする。
写真を何人もの人に撮られているような気がする。
パシャパシャという音が聞こえる。
やっぱり水の音じゃない。
カメラの音だ。
こんな状況絶対おかしい。
個人情報保護法は一体どうなっているんだ?
もしこれが本当に行われているとしたら犯罪だぞ?
なんで犯罪行動を平気に行うんだ?
この街の人たちはモラルが低下しているのか?
おかしい。
絶対おかしいよ、こんなこと。
なんでみんな平気な顔をしているんだ?
なぜ平然としていられる?
教授さんたちも何か言ったらどうなんだ?
これは犯罪行為です、と。
なぜ教授のみんなも笑っていられるんだ?
みんな……一体どうしてしまったんだよ!
こんなこと……あり得ない!
絶対に――
平然としていられるのがおかしいんだ!
人間として……あり得ない。
僕は周りに茶化されようが学校を通うことをやめなかった。
*
二〇一二年十一月上旬、学校に通うのも限界になってきた。
身体が熱い。
熱で身体が焼けそうだ。
少し……疲れているのかな?
僕は疲れを忘れるようにした。
僕は疲れてない!
疲れてない!
僕は元気!
元気なんだ!
僕は自分にそう言い聞かせた。
パシャパシャ、音がする。
パシャパシャ。
パシャパシャ。
頭おかしいんじゃないか?
僕はもう限界だった。
周りから攻撃されることがこんなに疲れさせることだったなんて僕は知らなかった。
もう、知らされたと言ってもいい。
僕は周りに思い知らされたのだ。
芸能人がどんなに苦しい職業なのかを。
芸能人にプライベートはない。
そう思い知らされた。
でも、僕はまだ芸能人になってすらいない。
なのにどうしてそんなに攻撃する必要があるのだ?
写真がネットに掲載されているのだろうか?
僕はコンテストのモバイルサイトにアクセスしようとした。
その時だった。
「おい、大変だ! カミツキ・タケルのページが消えてしまったぞ!」
「えっ、どうして? 何か問題でも起きたの?」
「それが、この学校にいることが分かってしまったのがいけなかったらしい」
「えーっ、どういうこと?」
「それが俺にもさっぱり……」
「私たちがやったことがいけなかったんじゃないの? 写真撮ったりしたし……」
「マジかよ……ネタになると思ったんだけどなあ」
「本当に残念だわ。こんなことになるなんて……」
……は?
ページが消えた?
一体どういうことだ?
僕はモバイルサイトのページにアクセスする。
……ない……何もない……
サイトには僕の情報は一切載っていなかった。
騙されたのか?
いや、違う。
ページが消えたと言っていた。
つまり、僕の情報は実際に載っていたんだ。
――さっきまでは。
それがなんで今、このタイミングなんだ?
まるですべてが仕組まれているかのように――仕組まれていたのか?
今まで……僕を騙していたのか?
混乱する。
混乱していく。
僕の頭の中が沸騰していく。
考えれば考えるほどおかしくなっていく。
僕は一体どうしてしまったのだろう?
いや、これは僕の問題じゃない。
周りの問題なんだ。
周りの人が僕を持ち上げようとしたから……。
……いや、周りに踊らされていたのは僕じゃないか?
つまり、僕のせいなのか?
……いや、そう考えるのはおかしい。
これは周りのせいでもあるし、僕のせいでもあるんだ。
僕が周りの人ときちんとコミュニケーションをしていなかったからこんなことが起こったのかもしれない。
でも、許さない。
こんなことは並大抵の人間が許せるはずがない。
自分の夢が壊されたのだ。
周りに……確実に破壊されたのだ。
こんなことは無くすべきなのだ。
これは一種のいじめだ。
許せるわけがない。
僕は泣いた。
泣いてしまった。
悔しかった。
悔しかったのだ。
何もかもが。
「ねえ、泣いてるよあの人」
「頭おかしいんじゃない?」
「プッ、笑える」
――笑える?
この状況が笑えると言うのか?
頭おかしいのはお前らの方じゃないのか?
泣いてて何が悪いんだよ!
お前らが泣かせたようなものじゃないか!
――殺す。
お前たちをいつか殺してやる。
絶対にめっためたにしてやる。
お前らを許さないからな。
――絶対に。
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