【私小説】神の音 第16話

  *

 二〇一三年一月十一日、僕は歴史の講義の時にも、昨日の経済の講義と似たような話を聞いた。

「人間、前を向いて頑張れば必ず良いことが起きます。挫けずに前を向いて頑張りましょう」

 まるで僕の行動が反映されているような言い方だった。

 前を向いて挫けずに行動すれば必ず良いことが起きる。

 それは今の僕にぴったりな言葉だった。

 少し監視されてるようで気持ち悪いとも思った。

 僕は挫けずに頑張るぞ、と思った。

 その瞬間だった。

「ねえねえ、カミツキを大学の広告塔にしない?」

「いいね! やってみようよ!」

「あいつきっと喜ぶぞ! 多分ね」

 何を勝手に話を進めているんだと思った。

 ふざけんな!

 大学の広告塔だって?

 俺はこの大学が大嫌いなんだよ!

 俺はこの大学を出ていきたい!

 この思いで毎日大学に通っているんだ!

 編入して良い大学に入りなおしたい。

 こんな思いで毎日通っているんだぞ!

 俺は絶対に広告塔なんて嫌だ!

 たとえ大学に利益が出るにしろ、儲けたい思いがあるにしろ、俺は嫌だからな!

 僕は周りに威嚇の視線を送った。

 周りは僕を見ようとはしなかった。

「お、おう、怖い怖い」

「そんなにコンプレックスなら大学やめちゃえばいいのにね」

「何が目的でこの大学に通っているんだろう?」

「編入学とか目指しているんじゃない? 頭悪いから無理なのにねえ」

「あいつには夢も希望もないよ。現実を分からせてやらなきゃ駄目だ」

「いくら有名になろうが、今のままじゃ落ちぶれたままだ」

 本当に好き勝手言いやがるなあ……殺してやろうか?

 授業が終わった後、僕は扉を蹴りつけた。

 お前らに対する威嚇のつもりでだ。

 僕はだんだん狂っていく。

 感情がもう爆発しそうだった。

  *

 二〇一三年一月十二日、僕は数学の講義と文章作法の講義を受けていた。

 僕の身体は熱くなっていた。

 熱い。

 熱いよ。

 身体が溶けてしまいそうだ。

 僕は今日、ワタリさんにメールを出してしまった。

『最近の調子はどうですか?』というどうでもいい内容のメールだった。

 なんでこんな内容のメールを出したのかというと声が囁くからだった。

「ワタリさんに告白した方が良いんじゃない?」

「ワタリさんとラブラブになれば良いことがあるよ」

「ワタリさんに愛のメッセージを」

 そんな声が聞こえたからだった。

 僕は声に踊らされている。

 まるでピエロのように。

 踊って踊って狂っていくのだ。

「ククク」

「フハハ」

 笑い声が連なる。

 まるで僕を踊らせようとするように。

「カミツキ、どうした? 調子でも悪いのか?」

 ナイトウ先生だ。

 僕に声をかけてくる。

「調子が悪いのかよく分からないんです。僕は一体どうしたらいいんでしょうか?」

「カミツキ、俺の部屋へ来い。相談に乗ろう」

 ――僕はナイトウ先生の研究室に来た。

 文章作法の授業を中断してだ。

 何かシリアスな空気が僕を惑わせる。

「最近のお前を見てると何だか疲れているように思えるぞ」

「すみません。周りが僕を攻撃してくるんです」

「攻撃? どういう意味だ?」

「陰口を使って僕を脅そうとしているんです。周りのみんながグルになって僕を何かにハメようとしてくるんです」

「…………」

 ナイトウ先生は黙った。

 何か意味を理解しているようだった。

「カミツキ、お前は働いた方が良いのかもしれない。大学をやめて仕事に就くのも一つの手だ」

「……へ? それってどういう?」

「お前は大学生活に合ってないよ。何か仕事をした方が良いと思う」

 僕はこの言葉を聞いて思った。

 僕が芸能界を目指していることを知っているんじゃないか?

「先生は知っているんですか? 僕の周りで起こっていることが」

「…………」

 また黙り始めた。

 何か事情を知っているのか?

 何か言えない事情があるのか?

「とりあえず日程を決めよう。学校に通う日程をだ。カミツキ、お前は講義で休んだ科目はあるか?」

「ありません。今のところ全部出席してます」

「じゃあ、休む科目を決めよう。お前の体調を整えるために」

 ナイトウ先生は僕にメモ帳を出すように言って、休む日に線を引いていった。

「……こんな感じか。何とかやっていけそうか?」

「……はい! 多分、大丈夫です!」

「試験の日だけは出席するんだ。出席して試験を受けないと単位を落とすことになるからな」

「分かりました」

 僕は納得したように言った。

「ナイトウ先生!」

 僕は先生に訊きたいことが山ほどあったが、質問を一つに絞る。

「僕をサポートしてくれる人はこの先いるでしょうか?」

 僕はその時なぜかワタリさんのイメージが出てきた。

 なぜだろうと思ったが、先生の顔を見る。

「大丈夫だよ。君のサポートをしてくれる人は必ずいる。信じるんだ、自分を」

 僕は先生に「ありがとうございます!」と言った。

 先生もそのうちの一人なんだろうと思った。

  *

 ――話が終わり、留学生の一人と一緒に昼食を食べることになった。

 留学生は僕に心配な眼差しをくれていた。

「何かあったのかい?」

 留学生が質問してきた。

 僕は答える。

「何もないことはないけど……ちょっとね」

「振られたのかい?」

 ……は?

 何を言っているんだ?

 僕は振られてなんかいない。

 何か知っているのか?

「振られてはいないと思うけど」

「でも、この慌てようは振られたと思ったんだけどな。違う?」

 違う!

 だが、身に覚えがないか?

 僕はワタリさんにメールを出したばっかりだ。

 僕は震えて携帯を見ることができない。

 どうしたらいいんだ?

「じゃあ、先に帰るね」

 留学生が帰っていく。

 僕は留学生を見送る。

 僕は考えた。

 振られたってどういう意味だ?

 留学生は知っていたのか?

 僕がメールを出したことを。

 僕は食堂の扉の前で携帯の画面を開いた。

 携帯にはメールが届いていなかった。

 それが意味するのはどういうことだろう?

 振られた?

 メールが返ってこない。

 つまり――

「うわああああああああああッ!」

 僕の中で何かがフラッシュバックした。

 振られた。

 このワードが僕の周りに纏わりつく。

 ねちょっとした液体のように。

 僕は叫ぶ。

 叫び続ける。

「新潟で何かあったのかな?」

「さあ、それは本人しか知らない……はず」

 声が聞こえる。

 この声はいったい何なんだ?

 僕の周りに纏わりつくな!

 二度と出てくるんじゃない!

 僕は携帯を投げつけた。

 携帯のカバーが取れる。

 僕はそれを拾って声のしない方向へと逃げ込んだ。

 逃げ込んだ先はダンス部のたまり場だった。

 ダンス部の先輩が踊りを踊っている。

「あ、タケル、どうしたの? 深刻そうな顔をして」

 僕はかつてダンス部に通っていたことがある。

 だからダンス部に知り合いがいるのだ。

「あ、あのですね」

 僕はダンス部の先輩に事情を説明した。

 周りの人にハメられていることをだ。

「そうだったんだ。ダンス部に最近顔を出さなかった理由は?」

「薬学部を留年した自分が情けなくなって、通うことができなくなったんです」

「周りにハメられていると思った理由は? 本当にそんな人がいるの?」

「はい。僕はこの耳でちゃんと周りの声を聞いています。間違いありません」

「へえ、それは大変だったねえ」

 先輩は僕の顔を見て何かを感じたようだった。

 質問をしてくる。

「何か他にも悩みがありそうだね。そうだ……例えば恋の悩みとか」

「こ、恋?」

 先輩は何かを知っているようだった。

 ワタリさんのことを知っているのか?

 僕の耳の情報によればそれもあり得るかもしれない。

「恋なのかどうかは分かりませんが、気になる人がいます」

「ほお、それはどういう?」

「僕が通っていた新潟の小学校で同級生だった人です」

 僕は話を続ける。

「僕は彼女のことが気になっていたんです。僕は彼女のことがいつの間にか好きになってしまった。だからメールを出したんです。でも、メールは返ってこない」

「それで悩んでいるんだ」

「はい。メールが返ってこないのが不安で不安で仕方がないのです」

 先輩は顔をにこやかにした。

 そしてこう答えた。

「メールはすぐに返事を求めるものじゃないよ。最低一週間くらい待ってみたら」

「え? 待つんですか? 返事を待たないで出した方が良いんじゃ……」

「それだと逆に嫌われちゃうよ。私なんて彼氏のメールに返事返したことがないときがあったし……」

「そんなもんなんですか?」

「そんなもんなんです。気にし過ぎないで待ってみるのが良いんだよ。気楽にね」

「……ありがとうございます。何だか気持ちが楽になりました」

「いえいえ、こちらも話が聞けて良かったです。心配してたんですよ、ダンス部に来ないから。またいつでも練習に来てくださいね」

「はい!」

 僕はダンス部のたまり場から離れていった。

 その瞬間だった。

「タケルに一億円が与えられるってマジかよ」

「彼は有名人だからね。それくらい与えられるでしょ」

「羨ましい」

「いいな」

 僕は本当に有名なのだろうか?

 ダンス部のみんなは僕の事情を知って……なんで教えてくれないんだよ。

 僕は疑問に思いながらその場を離れていった。

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