【私小説】神の音 第9話

  *

 二〇一一年四月、僕は薬学部のある大学へ進学した。

 本当はコウ君のいる関西の大学へ進学したかったが、クチタニ君に言われた通り、薬剤師になるために進学したのだ。

 場所は以前通っていた高校にある程度近い場所であった。

 でも、山奥にあり通いづらい場所だと僕は思った。

 僕はそういう理由もあって、大学の寮でひとり暮らしをすることになった。

 また親離れをすることになった。

 いつまでも迷惑はかけられないからなあと僕は思った。

 ――入学式。

 入学式は普通の一般的な大学より小さなものだと思った。

 入学してきた人たちの名簿を見た。

 ……やっぱりツキコの名前はなかった。

 僕はあの時言われていたことが嘘なんだと気づいた。

 あいつら、覚えていやがれ! なんて言える余裕はなく、僕はただ寂しかった。

 あーあ、なんで僕の人生はこんななんだろう?

 気持ちが波のように揺らいでいた。

 海に飛び込んで揺られたい気分だった。

 僕は入学式の時に友達をつくることはできなかった。

 新入生のみんなはSNSを使ってすでにもう友人をつくっているようだった。

 僕は一人だけ仲間はずれにされているような感覚だった。

 まあ、自分がSNSでちゃんと友達をつくっていなかったのが悪かったんだけどね。

 入学式が終わったら、バスに乗って移動すると教授らしき人に言われた。

 僕は一人ポツンとバスの席に着いた。

 バスで移動した場所は大学の体育館だった。

 そこで僕はバスケットをすることになった。

 僕のチームは外国人だらけだった。

 外国人にばかりパスを回した。

 外国人は速攻でよくゴールのところでダンクをしたりした。

 僕は外国人の多いチームで良かったと思った。

 彼らのチームは強いからなあと思った。

 でも、日本人には良い目で見られなかった。

 日本人チームの一人が僕に言ってきた。

「あなたのチームはファールが多いので怪我をする人が出てきます。だから速攻で突っ込むのはやめてください」と彼は言った。

 だが、それを伝えることはできないと僕は言った。

 僕は日本人だから……と言った。

 すると、「君、日本人だったの?」と日本人チームの人が訊いてきた。

 その瞬間、僕のあだ名となる「ジャパン」が命名された。

 理由は外国人のチームの中で唯一の日本人だったからである。

 僕のあだ名はあっという間に浸透した。

 そのほかにも『GANTZ』に出てくる「ねぎ星人」というあだ名も浸透した。

「ねぎあげます」と声真似をすると笑いが起こった。

 僕は自分のポジションがある意味確立されたなあと思った。

 終わった。

 すべてが終わった。

 キャンパスライフは終了した。

 僕は懺悔した。

 心の中で懺悔した。

 はあ……。

 残り六年。

 先は長いぞ。

 諦めるな。

 そう思うしかなかった。

 僕は前期、薬学部の講義は簡単なものだと思っていた。

 でも、僕にしては難しいものだと感じた。

 薬剤師になるには、こんなに必死に勉強しなきゃいけないのか……と心の中ですごく感じた。

 僕は薬剤師になりたいのか?

 いいや、違う。

 僕は薬剤師にはなりたくなかった。

 でも、どうして薬剤師になるために必死に勉強しているのだろう?

 クチタニ君に言われたから?

 クチタニ君に一生懸命指導されたから?

 一生懸命?

 本当にそうなのだろうか?

 クチタニ君は僕を利用していた?

 何のために?

 僕は何になりたかったんだ?

「ああ、気怠いなあ。なあ、ジャパン! 次の講義サボろうぜ!」

 友達がサボろうと僕を誘い出す。

 僕はサボるために大学に通っているのだろうか?

 ……違う!

 僕はだらだら過ごすために大学へ進学したんじゃない!

 ちゃんとしたキャンパスライフを送るために進学したんだ!

 なら……僕の目的は……ここにいることじゃない!

 僕は今通っている大学をやめて編入学をすることを決意した。

 ――夏休み。

 二〇一一年八月、僕は勉強をすることを決意した。

 だが、学校の行事で外国に行かなければならないことも考慮に加えてだ。

 僕は自分なりに一生懸命勉強した。

 この言葉に偽りはない。

 一生懸命勉強したんだ!

 僕なりにね。

 僕の行きたい大学の編入試験の募集要項にはTOEIC六百点と書いてあった。

 TOEICは英語のテストでTOEICのランクで言うと中間点と言えるスコアだ。

 まず、僕はTOEIC六百点を目指した。

 単語帳に必死に書き込みをした。

 文法書も自分のお金で買った。

 僕はそれくらい今通っている大学にいたくなかった。

 バカにされる空間にいても、自分は成長できないと思った。

 僕はこんなところにいたくなかった。

  *

 ――後期。

 二〇一一年十月、僕はオオタマ君にノートパソコンを壊された。

 なんで壊されることになったのか……事情を説明すると……

 僕は部屋で寝ていたんだ。

 それで眠たかったんだ。

 午前四時頃だったと思う。

 オオタマ君がその時間帯に部屋に入ってきたんだ。

 僕はめんどくさいから寝たふりをしていたんだ。

 すると、オオタマ君は僕の顔を殴ってきた。

 痛かった。

 痛かったけど我慢した。

 僕は寝たふりを続けた。

 だって、もし起きたらいろいろ命令されてこき使われるんじゃないかと思った。

 でも、それでも、オオタマ君は殴るのをやめなかった。

 何回か殴った瞬間、近くに置いてあったノートパソコンが落ちた。

 オオタマ君は慌てて逃げた。

 僕はオオタマ君が去った後、ノートパソコンを見た。

 画面に大きな傷跡がついていた。

 虹色に液晶が輝いていた。

 僕はオオタマ君に事情を説明して弁償してもらうように頼んだ。

 でも、駄目だった。

 オオタマ君は「親に迷惑はかけられないから修理代は払えない」と言った。

 それに「お前が起きてたなら寝たふりしているお前が悪いんじゃないか」と言った。

 オオタマ君、お前の感覚がどうかしてるよと僕は思った。

 普通の、ノーマルな一般常識が欠落していると思った。

 僕の周りは僕に同意するものはいなく、オオタマ君に同意した。

 ああ、ますますこの大学にいたくないと思うようになった。

 僕はこの頃からオオタマ君とは絶縁した。

 オオタマ君はもちろん弁償代を払うことはなかった。

  *

 二〇一二年一月、成人式があった。

 僕は成人式に呼ばれはしなかったが、無理やり行った。

 地区のチラシにはこう書かれていた。

 全員参加します。と人数が書かれていたが、一人足りなかった。

 地域の人は僕のことを忘れているんだろうなあと思った。

 成人式で中学校の頃の友達に会った。

 身長は僕だけ成長してなくて、みんな身長が伸びていた。

 羨ましかった。

 僕だけ身体も精神も成長してないなあと思った。

 僕だけ時間が止まっている。

 そう思った。

 女子は華やかな衣装に身を包んでいた。

 みんなキレイだなあと思った。

 みんなニコニコしている。

 羨ましい。

 僕の心の底は嫉妬でいっぱいだった。

 なんでみんなニコニコしていられるんだろうと思った。

 そんなに楽しいか?

 僕は楽しくない。

 僕が惨めな人生を送っていることをみんなは知っているのだろうか?

 知っているんだろう。

 ツキコの情報も彼らが話していることで知ってしまった。

 ツキコは中学校の頃の友達の友達と付き合っているそうだ。

 僕は心底お前たちを恨んでいるんだぞ?

 どんな感情でお前たちはニコニコしてられるんだ?

 SNSの友達解除したことを僕はまだ忘れていなかった。

 なんで友達解除したのか?

 僕はまだ知らない。

 理由を教えてよ。

 そしたら僕は許せるかもしれないんだからさあ?

 でもみんなはそんな話より楽しい話をしていたいんだろう?

 僕みたいなガンを本当はみんななかったことにしたいんだろう?

 分かってる。

 分かってた。

 そんなことは分かってた。

 僕も久しぶりに会ったのに、僕のことより他の友達の話ばかりしていた。

 僕は本当に嫉妬してしまいそうだ。

 もうやだ。

 こんな人生。

 同じ下宿に住んでいたマスイズミ君とホシノ君も成人式に出ていた。

 僕は彼らがすまなそう顔をしているのを見逃さなかった。

 お前らを許さないぞ。

 絶対に。

  *

 二〇一二年二月、後期の試験が始まった。

 でも、僕は試験を受けることができなかった。

 筆記用具を隠されたのだ。

 どうしてみんなそんなことをするの?

 みんなニコニコしている。

 どうしてそんなに笑っていられるんだ?

 僕は泣きそうになった。

 どうして僕の人生には邪魔ばかりする人がいっぱいいるんだ?

 どうして?

 どうしてなんだ?

 みんな僕のことを知っていてこんなことをしているのか?

 もう嫌だ。

 何回目なんだろう?

 こんなことを思うのは……

  *

 二〇一二年三月、僕は大学を留年してしまった。

 薬学部だから難しいのは分かっていたけど、色々な作用が僕をこんなところへ誘ったのは言うまでもない事実だろう。

 色々な作用……筆記用具を隠されたことが主なものだろうが……

 僕は人に恵まれなかった。

 人に恵まれなさ過ぎた。

 だから僕は死のうかなと思った。

 でも、実際に死んでしまったら笑われるんだろうなあ。

 第一、誰のせいでこんなことになってしまったんだろう?

 誰のせい?

 誰のせいなんだろう?

 ――あいつだ。

 クチタニ君だ。

 僕はクチタニ君――いや、クチタニへの復讐を誓った。

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