【私小説】消えないレッテル 第14話(終)
*
「…………」
これは、もしかしたら会社が強制的にログインできないようにしたのか?
ただの予測でしかない。
でも、可能性として十分にあり得るケースだ。
脳細胞の痛覚が全神経に伝わってきたころ、もう、これ以上、仕事ができない状態であることを自覚し、午後十二時を過ぎたころ、私は自分のPCで父にメッセージを送ることにした。
『お父さん、やらかしました。
ごめんなさい。
すぐに会社に連絡してください。
お願いします。
早く、電話してください』
『なにもしません。と言ってください』
『早く、判断してください』
『早く、謝らせていただきます』
『僕は、このままだと死んでしまいます』
『早く、どう思っているか言ってください』
『早く、なにもしません、と言ってください』
『社会的に死にます』
『早く連絡してください』
『遅いです』
『自分の本当の条件を述べます』
『今日は一睡もしていません』
『判断が、付いていません』
『死にますよ。このままだったら』
『僕は一睡もしていませんから、早く判断してください』
『このままだと死にますよ』
『一睡もしていません』
『早く返信をください』
『話し合いましょう、一回』
『早くしろ!!!! 死ぬ!!!!』
『一睡もしていない』
と、父に連続でメッセージを送り続ける。
『わかりました。すぐに行きますよ』
と、父からメッセージが返ってくるも、その判断が遅すぎることに私はイラついた。
『遅い、遅すぎる』
『早くして! 死ぬ!!』
父が不安になるメッセージばかり送ってしまう。
『いま向かっています』
このメッセージから数分が経過したあと、父が私の住んでいるアパートの部屋に入ってきた。
「大丈夫か?」
「早くミズイ課長に電話して! 申し訳ございませんでした、と、カミツキが言っています、と言って!」
「その前に、その理由を教えてくれないか? いったい、どうしたんだ?」
「そんなことを説明できる脳みそになってない! 頼むから、早くミズイ課長に電話して! 早く!」
「わかったよ」
父がミズイ課長に電話をかけた。
「ミズイ課長ですか?
カミツキ・タケルの父ですが。
はい。
タケルが会社の皆さんに謝りたいと言っています。
はい。
えっ、携帯ですか。
タケルの携帯は今、画面が壊れていまして、はい、本当です。
とりあえず、タケルを休ませたいと思います。
はい。
では、また連絡いたします」
父は、ふぅ、と、ため息をついた。
「タケル、マンションへ行こう。寝なきゃダメだ」
「……わかったよ。ありがとう」
私は父にマンションへ連れられ、そのマンションで丸一日、睡眠した。
*
気づくと午後十時になっていた。
父が私の隣で布団を敷いて寝ていた。
「タケル、寝なさい。まだ休まなきゃダメだ。明日、病院へ行こう」
「でも、僕は働かなきゃ。明日も仕事だし」
「ミズイ課長には一週間お休みすると伝えたから。しっかり検査してもらおう」
「……わかった」
私は、また眠りにつく。
*
病院で検査してもらった結果、適応障害の症状が悪化しているとのことだった。
その結果から診断書を出してもらい、会社に病休通知を出すことになった。
「しばらく休めるよ! やったな、タケル!」
「やったっ!」
病休中は、もう会社へは行けない。
私は残りの契約期間を病休で満たすことになった。
今までの人生の中で久しぶりの休みの期間をもらった私は、このことをとても喜んだ。
もう、会社へ行かなくていいんだ。
*
両親のマンションの部屋で、しばらく過ごすことになった。
病気療養中は面倒を見てくれるとのことだった。
正直ひとりになりたかったのだけど、父も母も私を管理下に置きたかったのだろう。
つまり、私のことを心配してくれているのだ。
私は病気療養中の間、やることがなかったので自分のPCを持ってきていた。
PCの画面に映るツイッターを眺めていると、いつもと違う雰囲気のツイートがタイムラインに流れていた。
瞬間的に流れていくので、私の脳内では処理できそうになかった。
ただ、少しハタミチさんのことが気になっていたので、彼女のアカウントのツイートを読むことにした。
『障害者二名の首を切る企業の合理的配慮って言葉の上滑り感~!』
『ちょっと、なにを言っているのか、わからないのですが、それは……? どこかで、そんなことが起こっているのですか?』
『現場は、ここです。実際は、契約期間満了でサヨナラです』
『つらいですね』
『ありがとうございます。切ないです。いろいろ掛け合って、がんばってはいましたが』
『一般雇用者から見ての合理的配慮ってことですかね? ニュースにならないだけであちこちでありそうですが』
『合理的配慮とかダイバーシティとか言葉だけは立派な企業なのですが、本人たちには適用されず、契約期間満了でサヨナラです』
『言葉先行でやったつもりの「契約満了」だから会社都合じゃない実績にするんでしょうね。うわべだけじゃ暴かれるのに残念な企業体質ですね』
『あと、人権って言葉も好きな企業です。人権って、なんだろうってずっと思っています』
『大手企業が海外取引先を意識して使っているだけですよね。字面や表面だけ取り繕っても無駄だとコロナ禍で学ばなかったおめでたい企業ですね』
『そうですね。そうだと思います』
今回の正社員登用試験の出来事がしっかりとデジタルタトゥーとして刻まれていた。
ハタミチさんも刻んでいる。
そう思うと心が楽になった。
でも、ネット上に刻まれた情報は、どれも自分に関するものにしか思えない。
二〇二〇年十二月十四日だった昨日から、ツイッターのタイムラインがあらゆるところで炎上していたように思えた。
それは、なにがきっかけで起こっているのか、自分でも、よくわからなかった。
結局、私は、この世界で、なにを刻んだのだろうか。
なにも刻めなかったのだろうか。
よくわからない。
けど、確かにツイッターのタイムラインは私に関連した情報があふれていたような気がする。
あらゆるツイートがカミツキ・タケルという存在そのものを表し、意図的に、その情報を隠すように改ざんされているような、そんな感覚に私はなっていたのだ。
*
約一週間が経過した日、私と父は病院に来ていた。
私はツイッターに流れている情報、テレビ番組とCMに流れている情報、私の耳に届く情報の数々、それら、すべてを疑っていた。
私は、この世界に監視されている、という感覚が強くなり、誰かの操り人形になっているのではないか、と思うようになった。
今日の診察は、そのことを伝えるつもりだった。
そのことだけを、伝えるつもりだったのだ。
この世界に存在する、あらゆるものは私のことをバカにしている。
カミツキ・タケルという本来の名前が、うわさ話や伝承のように、だんだんと変化していく。
その光景をこの一週間で見てきた。
だから、私は、それに耐えることができなくなってきている。
私は、目に映る世界が偽物のように思えてならない。
どうして、この偽物の世界を生きているのか、と思っている。
心の中で、もっと私を見てと叫んでいる。
魂と呼ばれるものが、そう言っているのかもしれないと思った。
でも、思うんだ。
この世界に魂なんてものは存在しないんじゃないか、って。
私たちは、あらゆる感情を脳で感じているのだろう?
たとえば、だけどさ。
「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません」というテロップがテレビドラマで流れることがあるけど、この世界だって、そうなんじゃない? って思うんだ。
私たちが感じている本物というものは、本当に存在するのかってね。
本物イコール偽物だと私は思ってしまっている。
この世界は何者かに操作されている。
それは人間が神と呼んでいるものが、この世界のすべてを操作している。
意図的に、自由に改変操作をおこない、私たち人類をおちょくっているのだ。
その光景を笑いながら眺めている愉快な神様的存在が、もしかしたら君たちなのかもしれない。
私個人としては、そのように世界を見ている、ような気がするのだ。
だから、このことに気づいた人類のひとりが、このカミツキ・タケルという存在だということを世界に知ってもらう必要があるのだ。
はっきりと伝えたい。
この世界に魂は存在しない。
脳が壊れたら、それまでなのだ。
健常者が高スペックのPCなのだとしたら、障害者は低スペックPCか?
ボロボロの部品で、なんとか今日まで生きてきた。
ちゃんと真面目に人生を生きているつもりだ。
それは断言してもいいくらいの事実だ。
だから、私の目の前にある現実を偽物の世界にするのではなく、本物の世界にしなければいけないのだ。
その使命が私には、ある気がするのだ。
そう伝えたかった、だけ、だったのに。
*
「カミツキさん、入院しましょう」
「……えっ?」
「統合失調症を再発しています。今すぐ入院してください」
「は?」
なんで、という文字が脳内に刻まれる。
今、なにが起こっているんだ。
私の脳が、この現実を受け入れたくない。
否定したくなった。
「でも、入院する必要、ありませんよね?」
「いえ、あなたは入院するべきです」
「どうして、そんなことを言うのですか?」
「私では、あなたを治療できませんでした。だから、私ではない、ほかの医師に治療をお願いします」
私は診察室から出ようと扉をめざす。
しかし、扉を封鎖するように複数人の看護師たちが待ち構えていた。
扉の真ん中には父がいた。
「タケル、今は休もう。病気を治していこうな」
そう言った父のお腹を殴った。
膵臓を取り除いた、そのお腹を。
瞬間、看護師たちが私を捕らえた。
なんで、こうなるんだよ。
「ふっざけんなあああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!
そうやって、いつも、いつも、まともに人の話を聞こうともしないっ!
俺の目の前で起こったことは事実なのに、どうして信じてくれないんだよっ!
俺を認めない、おまえらのほうが異常だねっ!
おまえたちのほうが障害者だっ!
おまえたちが陰で笑ってることなんか全部、知ってんだよっ!
どっちが異常かなんて普通に考えたら、わかるだろうにっ!
こんなクソみたいな人間たちがつくる偽物の世界で俺は生きたくないっ!
こんな偽物しかない世界なら今すぐ俺を殺せっ!
早く俺を殺してくれえええええぇぇぇぇぇぇっっっっっっっ!!」
そんな発言をしているにもかかわらず、看護師たちはニヤニヤと笑いながら私の腕を拘束し、どこかへ連れていく。
私は、なにかを間違えたのだろうか。
導かれた場所は牢屋のような監視するための部屋だった。
また私は監視されながら生きていく。
私は部屋にあるクスクスと笑っている監視カメラを見つめる。
神様が笑っているのかな。
私のレッテルは消えそうにない。
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