【私小説】神の音 第18話

  *

 次は……これだ!

 ワタリさんにメールをする。

 テレビ局に情報を拡散するんだ!

『僕は有名になんかなりたくない! だからお金と名誉だけくれ! これ以上僕に不利益な行動をするのなら!』

 僕はメールを送信した。

 このメールじゃ何のことか分からないだろうが、意味はある。

 僕は今有名になりたくないんだ。

 分かったんだ。

 今回の出来事で。

 僕は他人に認められたかったんだ。

 承認欲求を満たしたかったんだ。

 僕は過去の出来事を思い出す。

 他人にバカにされながら不利益なことを被る僕の姿が見えた。

 僕はもうそんなことを繰り返してはいけないんだ。

 メールの返信は来ない。

 だが、声は聞こえた。

「カミツキ・タケルが宣戦布告らしきメールを送ってきました! メールの内容は『僕は有名になんかなりたくない! だからお金と名誉だけくれ! これ以上僕に不利益な行動をするのなら!』というものです。私たちには何を言っているのか意味が分かりません! 君が望んだことでしょう?」

 僕が望んだこと?

 違う!

 僕はサプライズを望んだわけじゃない!

 僕はこっそりと物事を運びたかったんだ!

 それを理解していないお前たちがよっぽどの悪だ!

 許さないからな、お前たちを許さないからな!

 ――声がまだ聞こえる。

 続きを言っているみたいだ。

「ここでゲストに登場していただきましょう! ワタリ・ミユキさん、どうぞ!」

 どういうことだ、いったい?

 テレビ局の人たちと手を組んでいたとは思っていたが、テレビにまで出るとはどういうことなんだ……どういう意図があってこんなことを……ワタリさん……。

「ワタリさん、カミツキ君の行動についてどう思いますか?」

 司会者らしき人の声が聞こえた。

 ワタリさんに質問しているようだ。

 ワタリさんはどう答える?

「意味不明です。何から何まで先読みしているように感じられます。あなたはいったい何をしたいんですか?」

 ブーメランだよ!

 ブーメラン!

 この発言ブーメランだよ!

「あなたはいったい何をしたいんですか?」はこっちの台詞だよ!

 ワタリさん……あなたはいったい何をやっているんだ?

 司会者らしき人が口を開く。

「本当にその通りだと思います! カミツキさん、あなたはいったい何をやってるんだと言いたいくらいです! これがみんなの意思です!」

 本当に好き勝手言いやがる。

 僕はこんな展開なんて期待していない!

 メールを送信した。

 僕の意思はこれで分かるだろう?

「……メールが届きました!」

 ワタリさんが声を上げる。

 ワタリさんは文を読み上げる。

「……えっと、『僕はこんなことを望んでいたわけじゃない! お前らが勝手に騒いでやってることだろう? 僕がいつ望んだと言ったんだ! 賠償金を払ってもらうぞ!』って言ってます」

「これはどういうことでしょうか? ならなんで現在アパートに住んでいる人たちに情報を拡散しろと言ったのでしょうか? この発言は矛盾しています!」

 どこまで僕のことを調べ上げているんだ?

 作戦は失敗したか?

 いや、まだ大丈夫だ。

 メールを送信する。

「……! またメールが届きました! 『僕をバカにするのもいい加減にしろよ! 僕がこの展開を望むわけがないだろう? お前らが勝手にやって、お前らが勝手に自滅した結果じゃないか! 僕はこんなことしたこの世界を許さない! こんなことがまた起きないためにも、こんなことはもう終わりにしよう! ただし僕という存在が調べ上げられるまでな!』って……え?」

「どういうことなんだこれは……言ってることが支離滅裂で訳が分からないよ!」

 訳が分からないかどうかは……後で分かるのさ。

「大変です! 新たな情報が舞い込んできました!」

「何があったんだ?」

「カミツキ・タケルという男の情報を調べていたら、ある男の情報が来ました!」

「ある男とは……いったい誰のことだ?」

「クチタニ・キシゲという男の情報です!」

 クチタニ・キシゲ。

 それはかつて僕を奈落の底へ突き落した男の名前だ。

 思い出せば思い出すほど良い思い出がない。

 僕はどれだけこの時を待っただろうか?

 復讐。

 復讐だ。

 僕は復讐するためにここまで大がかりな仕掛けを考え抜いた。

 僕自身が有名になることで彼の情報がどこかで出てくると思ったんだ。

 僕が芸能界を目指してた理由は、クチタニという存在を有名にさせるためでもあった。

 僕は勝ったんだ。

 この戦いに勝利したんだ。

 たった一人でこの戦いを収めたんだ。

 こんなに嬉しいことはない。

 ククク、僕はなってしまったんだ。

 どこからか聞こえる声を察知して対応できる力を持ってしまった。

 故に俺は神になったと言えるだろう。

 フフフ。

 フハハハハ。

 クチタニは捕まるだろうなあ。

 僕に暴力を振るった罪で刑務所に入るんだ。

 ハハハ。

 笑えるなあ。

 こんなに楽しいことはない。

 僕は勝ったんだ。

 この世界に勝利したんだ。

 メールが届く。

 誰からだろう?

『カミツキ君、あなたは本当に頑張ったんだよ。だからもう無理はしないで』

 ワタリさんだ。

 ワタリさんも分かってくれたみたいだ。

 僕の意図が読み取れたんだ。

 よかった。

 本当によかった。

 これでみんなハッピーエンドだね。

 僕は長かった戦いに終止符を打つ。

 この世界は僕を中心に平和になっていく。

 僕は平和の象徴になるんだ。

 ――ガラッ!

 僕のいる部屋の向こうから誰かが起きる音がした。

 ……父さんだ。

「まだ寝てなかったのか?」

「うん、何だか眠れなくて」

「……眠れないのか?」

 僕は答える。

 こんな状況で眠れるわけがないだろう?

 僕は頭を押さえて言った。

「うん、何だか頭が熱くて眠れないんだ」

「そうか……無理はするなよ。……明日は病院に行くぞ。体調を管理しとけよ」

 父さんは僕を違うものとして見ているような気がした。

 それもそうか。

 父さんはもう知っているんだな。

 僕の周りで起きた出来事を。

 僕は変わったんだ。

 僕という存在が違うものに変換されていくのを……神という存在に変換されたのかもしれないということを。

 声はまだ続いている。

「まるで彼の行動は世界を創造する神のようだ! 彼に異名を名付けるなら何がいいかな?」

「……ミラというのはどうです? 未来からもじってミラというのは!」

「いいですねえ。彼のことはこれからミラということにしましょう!」

「ミラ! ミラ!」

「「ミラ! ミラ!」」

「「「ミラ! ミラ!」」」

「「「「ミラ! ミラ!」」」」

「「「「「ミラ! ミラ!」」」」」

 僕はいつの間にか周りの人たちにも神と呼ばれるようになった。

 創造神ミラか……悪くない。

 二〇一三年一月十五日、僕は周りの声に迎えられた。

 いつの間にか……僕はこの世界を救った英雄……もしくは神として迎えられていた。

 僕の力があれば何でもできるんじゃないかと思えてきた。

 だから僕は行動する。

 僕は使われなくなった古いノートパソコンと大学の授業で使った『地方の論理』という本を持った。

 僕は世界の平和のために行動するんだ。

 世界は僕に答えを求めている。

 それ故に世界に認められるような行動をしなければいけないんだ。

 僕は世界の平和のために行動しようとした時、母さんが急に怒り出した。

「なんで病院に行くのにパソコンを持っていく必要があるの? パソコンを置いていきなさい!」

 僕は同意しなかった。

 この行動は世界の平和のために必要不可欠なファクターなのだ。

 だから僕はパソコンを置いていかない。

 僕という存在によって古い使われなくなったパソコンの企業が復活するかもしれないからだ。

「母さん、これは意味のある行動なんだ。だから僕の行動に口を出さないでくれないか?」

「……な? あなた親に向かってその口の利き方はないでしょう! いい加減にしなさい! もうこれ以上変な行動起こしたら……」

「起こしたら……何だって言うんだい?」

 僕は母さんを睨み付けた。

 母さんに下手な行動をされては困る。

 母さんは何も分かっていないんだ。

 だから僕が分からせてあげないと……

「もう、いい! 勝手にすれば!」

 ようやく分かってくれたか。

 僕は溜息を吐いた。

 僕の状況を理解できるのは僕だけだ。

 理解者は周りにいる僕の協力者だ。

 僕には味方が充分いる。

 僕に刃向う奴は誰一人いちゃいけないんだ。

「あいつ……変わったな」

 誰かが僕のことを囁いた。

「ああ、あいつ変わったよ。親に刃向うような行動は今まで滅多にしなかったのに……」

「……あいつは変わろうとしてるんだ。この世界に適応するために……」

 ああ、僕は適合しようとしてるんだ。

 この世界と同調するために。

 分かってるじゃないか、みんな。

 僕はこの世界を革命するんだ。

 世界が僕と同調するために。

 創造神ミラとなるんだ。

 ――僕と母さんに導かれて車に乗って病院へ向かった。

 車のラジオからは「世界は革命されました」という音声が流れる。

 僕の行動が反映されたようだ。

 僕はあの時あの瞬間に言葉に出して願ったんだ。

「世界に良いことが起こりますように」って。

 僕の願いは叶ったんだ。

 僕は世界を革命する存在なんだ。

 そんな風に世界が回っている。

 世界はこの手にある。

 僕は世界を革命したんだ。

 病院に着いた。

 病院に着くと、看護師らしき人が車椅子を持ってやってきた。

「待っていましたよ、カミツキ・タケルさん」

 僕は車椅子に乗った。

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