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『シュークリーム』感想文

『シュークリーム』内田百閒
山本善行 撰 灯光舎
2023年3月10日初版第一刷発行

題名にひかれて読んでみました。本書は内田百閒作品の中からのアンソロジーでありまして、撰者である山本善行さん選りすぐりの、味わい深い七編がギュッと収録されています。

表題作『シュークリーム』は、いちばん最後に収録されています。

「私が初めてシュークリームをたべたのは、明治四十四年頃の事であろうと思う」
という一文から始まる、長さにして2ページ分のお話です。

その当時百閒は地元岡山にいて高校生。そのときすでに父は亡くなっていて、母と祖母と三人で暮らしていた。

生家近くに第六高等学校が建ったので、町内に新しい商売をする家ができた。
夜の暗い往来にぎらぎらするような明るい電気をともして、ハイカラなものを売っている店があった。

内田百閒の家は裕福な造り酒屋であったのだが、そのころにはすっかり貧しくなっていた。

六高に通う百閒は、夜、机に向かって予習していると何か食べたくなる。それもシュークリームが食べたくなる。高いお菓子である。しかし欲しいので祖母に言うと、祖母は暗い町に下駄の音をさせてシュークリームをひとつ買ってくる。

この祖母は、牛が飼いたいという百閒の願いを本当にかなえてあげたり、このようにシュークリームをひとつだけ、百閒のために買ってきてくれたり、百閒をいちばんに可愛がっていた。

「(中略)いい若い者の使に年寄りがシュークリームを買いに行ったりするのが、いいか悪いかと云う様な事ではないのであって、(中略)シュークリームをたべると、いつでも祖母の顔がどことなく目先に浮かぶ様に思われるのである。」

…というお話です。

わたしの場合、父方の祖母も母方の祖母も、わたしが生まれる前に亡くなっているので、この掌編を読んだとき、「百閒、なんてワガママな…」という思いを禁じ得ませんでした。しかしやはり、とてもうやらましく思いました。

シュークリームを食べたいという孫(しかも、もう高校生!)のために、夜道に下駄の音を響かせて、シュークリームをひとつだけ買いに行く祖母。暗い往来にぎらぎらするような明るい電気を灯す店。ハイカラな商品。その情景が頭の中に浮かびました。こころのなかに、言葉では言い表せない気持ちが広がりました。

それがノスタルジーというものなのか、得られぬものへの憧憬なのかはわかりません。しかし、それはとても切なく、美しいものでした。

お読みいただきありがとうございました。

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