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「走る災害とまいごの竜」原文のみ

解説文と一緒に読みたい方はこちらへどうぞhttps://note.com/mittsujp/n/n1cf3193c16bf

むかしむかし、あるところに、一匹の竜と一度の災害がいました。

ある日、竜は言いました。
「来週は人々のいつもの寄り合いが無いと聞く。我らで代わりに人の世を賑わせにゆこうではないか」

災害は言いました。
「我々の集いの日とも重なっているな。面白い。やろうではないか」

さてさて、時は進んで集いの日です。
見知らぬ土地に居を構え、腹を空かせた一匹と一度は、
家来の者に食事を運ばせる間、戯れに出かけることにしました。

戯れの途中、薬師の営む商店にて、
「すまぬが寄るところがある。先にゆけ。案ずるな。道など我の頭に入っておらぬわけがなかろう」
竜はそう言い残し、立ち去りました。
そしてそのまま竜は、その土地の神に隠されてしまうのです。

自らが隠されていることも知らぬ竜は、意気揚々と用を済ませ、住処へと向かいます。
まずはこの坂を上る方へ右手へ。
次にこの特別な模様の建物を右へ曲がる。
丁の字、三叉路、時に五叉路、記憶を頼りに選ぶ竜。
そろそろ帰りつくはずだと、そう思った頃には既に遅いものです。
来た道を振り返ってみても、見覚えのない建物ばかり。
元居た場所はどちらであろうか。
日は傾き、空気は冷える。催しの時間も近い。
ここで竜はひらめきます。
「この土地の者に訊くのが早かろう」

まずはあの万屋だ。
竜は駆け込み、店番の娘に言いました。
「我を住処へ帰すのだ。地図を持ってこい。ここはなんという地だ」
分かったことは、どうやらずいぶんと遠くに来てしまったということ。
そして、自分の帰るべき場所がどこなのか、地図を見ても皆目見当がつかなくなってしまったことでした。

そうだ、人の世は便利なものよ。今の彼らは電波に和歌を乗せ思いを共有し合うと聞くぞ。それを使おうではないか。
「すまぬが、旅の者よ、我のこの思いを代わりに空に飛ばして届けてくれまいか」
送った歌に返事は返らず、旅の一行は立ち去ってゆきました。

この地に居ることを伝えることはできたものの、ここから動けなくなってしまったぞ。この場でやれることをするのみだ。
我は竜。
咲かせてみせよう、たとえ独り見知らぬ土地に置かれても。
そうして、万屋の前を人が過ぎる度に声をかけ続ける悲しい竜が誕生したのでした。

「帰る術は、見つかりましたか」
途方に暮れる竜のもとに声をかける、一組の男女と一匹の犬がいました。
「いいえ、まだです。しかし、祭りごとの場へ意識を繋ぐことができれば、私は翼を得ることができるでしょう」
その言葉を聞いた男は交信をはじめ、女はアイスを舐め、犬は口を大きく開けて座っていました。

竜「文を見よ」
災害「承知した」
二人には、それだけで十分でした。

人の世に存在する交信の術、そして人と人とを繋ぐ催しの場。
これらにより救われた一匹の竜と一度の災害はその後、星が滅ぶまで人々を見守り影から助け、時に賑わせながら仲良く暮らしましたとさ。

おしまい。

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