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ソブリン市民運動とQAnon

2021/02/18 最新更新2021/10/05

3月4日の「トランプ大統領就任式」

 2021年1月6日の連邦議会襲撃を煽動したQAnon陰謀論は、世界中で大きな注目を浴びている。そのQAnonたちが懲りずに持ち出している話題が、3月4日に「トランプ大統領就任式」があるというものだ。

 なぜ3月4日か?その根拠としてQAnonが挙げているのがソブリン市民運動だ。ソブリン市民運動とは、今の政府は法的に正当ではないと考えたり、あるいは一部の社会契約以外は従う必要がない主権(ソブリン)市民であると自称する「無政府主義」運動である。

 そのソブリン市民運動がなぜ3月4日に大統領就任式をするという話の元になったかというと、ViceによるとQAnonの物語では1871年に制定された法律が密かに米国を企業に変え、米国政府を廃止した。そして、フランクリン・D・ルーズベルト大統領が1933年に金本位制を終了し、それを外国人投資家のグループへの担保として市民に提供することで米国市民を売り払ったと信じている。そして、1933年が就任式が3月4日から1月20日に変更された年でもあったという事実から、1933年以前の正統な大統領としてトランプが就任する、と言うのだ。

 この荒唐無稽な物語も、数はだいぶ減ったものの残っているQAnonの信者に以前のように受け入れられ、3月4日を待ち望む人々が盛んにGabTelegram、復活したParlerなどのQAnon難民の集うSNSに投稿している。日本では、5ちゃんねるのニュース速報+板でのQAnonニューススレッドや今やQAnon板となっている「国際情勢板」でQAnonたちが書き込みを続けている。

5ちゃんねるのスレッド参考(3/4追記)

【まだまだ続くよ】Qアノンの次の予言「3月4日にトランプは正統な大統領になる」を信じて待つ信者たち ★2 [みつを★]
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1613120995/


ソブリン市民運動(sovereign citizen=SovCit)と南北戦争

 2008年7月のワシントン・マンスリー紙、ケビン・キャリー記者の記事「Too Weird for The Wire(あまりにも奇妙な繋がり)」では、ソブリン市民運動の起源を南北戦争(1861-1865)終了後、1878年に米南部の民主党員が白人による支配を取り戻すために制定した「民警団法(Posse Comitatus Act)」から始める。

 1878年、南部の民主党員は議会を通じて立法を推進し、連邦政府が米国の土地で軍隊を元帥する能力を制限しました。Posse Comitatus(ラテン語で「郡の権力」)として知られる法律の著者は、黒人の南部人を暴力や差別から保護する政府の能力を制限することを望んでいた。この行為は、再建の終わりとジム・クロウの始まりを象徴的に示した。

 要するに、南北戦争後に米政府軍が南部の黒人を白人の支配者からの暴力・差別から守っていたのを苦々しく思っていた南部の民主党員が、白人による支配を取り戻すために地方での米政府の軍事力を縛り、民兵の権利を確立したのだ。南部の白人農主たちは民兵を使って黒人を抑圧し支配してきたからである。

 その後80年以上、黒人は制度的な人種差別に抑えられてきたが、1950年代に米国で黒人の権利を求める「公民権運動」が起こる。1957年にアイゼンハワー大統領は軍隊を1200人派遣してアーカンソー州リトルロックの9人の黒人学生が白人の高校に入学できるようにした。1964年には公民権法が制定された。

クリスチャン・アイデンティティ

 この公民権運動に危機感を覚えたのが、ソブリン市民運動を始めることになるウィリアム・P・ゲイルだった。ゲイルは、第二次世界大戦の退役軍人で当時は保険のセールスマンをしていた。そして、彼は人種差別主義で反ユダヤ主義で白人至上主義者の解釈でキリスト教を信奉する「クリスチャン・アイデンティティ教」の自称・大臣だった。

 クリスチャン・アイデンティティ運動は1920-30年代からイギリスのイスラエル主義の派生として米国に登場した。ゲルマン・アングロサクソン・ケルト・北欧・アーリア人などの当時欧州白人人種とされた人々を「選民」とし、ユダヤ人をカインの呪われた子孫であり「蛇の交配種」である蛇の種として差別した反ユダヤ主義だ。支持者の多くは千年王国主義者でもある。

 ニュージャージー州生まれのウェイズリー・スウィフトがイギリスのイスラエル主義から米国でクリスチャン・アイデンティティ運動を起こした父であると考えられている。スウィフトはKKK(クー・クラックス・クラン)の主催者だったとも言われている。スウィフトは、1950-60年代にカリフォルニアでラジオ放送を通じて彼のクリスチャン・アイデンティティの信者を獲得していった。

 ソブリン市民運動を始めたウィリアム・P・ゲイルはスウィフトの仲間の一人だった。

民警団運動(Posse Comitatus)

 1960年代の公民権運動に危機を覚えたウィリアム・P・ゲイルは、1957年にアイゼンハワー大統領が国の軍隊をリトルロックに送ったことを1878年制定の民警団法に違反したとして「民警団運動(PosseComitatus)」を1971年に始めた。

 ゲイルは支持者たちに未来の権力を約束し、彼らこそが建国の父の理想の真の継承者だと説き、それを阻害するものは陰謀だと説得することで、不満を持ち疎外されたと感じる辺境の市民の心をガッチリ掴んだ。

 そして彼は、連邦政府は非合法であり、州が彼らを抑圧するために使用した合法的な手段に抗えると主張した。

 民警団運動はすぐに全国に広がり、税抗議運動の参加者や憲法修正第2条絶対主義者、クリスチャン・アイデンティティ支持者、反共産主義者などが参入した。

1970年代の経済危機と民警団運動のパラノイア化

 ちょうどその頃、1970年代に米国では所得税によって経済危機が引き起こされた。1978年に商品価格の低さや高金利、農業債務からの救済を求めて何千人もの農民がワシントンD.C.に集結した。しかし、議会はその救済に失敗した。

 農民の失望に乗じて、民警団運動のメンバーが「国際的なユダヤ人銀行家の陰謀」「金本位制の放棄」「サタンがディープステートによって世界を支配する」などのQAnonでもお馴染みのパラノイア的陰謀論を撒き散らし、一部の農民はそれに影響を受けた。

 そして民警団運動は、来るべき経済危機後の混乱で白人のキリスト教徒を黒人から守るために武器を備えた民兵の必要性を説き、武装化の道を進んだ。

武装グループと詐欺師

 1982年にゲイルは不満を持った農民のために準軍事組織の訓練と教化などのためにカンザスへ行き、反ユダヤ言説と武装蜂起を促す説教のテープをラジオ局で流させた。民警団運動のイデオロギーは中部アメリカに広がり各地で民警団支持者と法執行機関の間で暴力事件が頻発し全国的なニュースとなった。

 農場の経済危機が深まるにつれて、詐欺師たちがアメリカ中西部をうろつくようになっていった。高額なセミナーを開いたり、債務を帳消しにして差し押さえを防ぐ法的防御の「商品」を売ったりした。彼らは、民警団運動メンバーの流した「金本位制は1933年に放棄されたので米通貨の価値はなく、債務も存在しない」などのデマでお金を稼いだ。

ゲイルの死とソブリン市民の誕生

 ウィリアム・ゲイルは、陰謀・脱税・歳入庁への殺害脅迫などの罪で連邦裁判所に有罪判決を受けた3ヶ月後の1988年4月28日に亡くなった。その頃には農場危機は収まっていっていた。

 ゲイルの死後、民警団運動のイデオロギーは数年間かけて練られ「キリスト教原理主義」運動へと変わった。これは憲法原理主義は残して、人種差別と反ユダヤ主義を削ぎ落とし、自分たちを連邦市民ではなく「主権市民(ソブリン・シチズン)」とみなした。

FBIテロ指定グループ

 ソブリン市民となって生まれ変わった運動は、1990年代から順調に暴力・殺人事件や詐欺事件などを定期的に起こし、特に2001年9月11日の米同時多発テロ以降は無視できない国内テロ団体として現在もFBIにテログループ指定をされている。

FBIによるソブリン市民犯罪例

・殺人と身体的暴行。
・裁判官、法執行の専門家、および政府職員を脅迫する。
・警察官や外交官になりすます。
・偽造通貨、パスポート、ナンバープレート、運転免許証を使用します。
・住宅ローン詐欺やいわゆる「償還」スキームなど、さまざまなホワイトカラー詐欺。

英連邦のソブリン市民

 ソブリン市民は国際派生もしており、特にイギリス・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドなどの英連邦諸国でも多く確認されている。

ドイツ🇩🇪とオーストリア🇦🇹のReichsbürger運動

 ドイツとオーストリアでは、似たような運動で1985年に発生したReichsbürger(帝国市民)運動がある。現在のドイツ連邦共和国の正当性を否定して、ドイツ帝国(時々プロイセン)が存続しKRR(暫定帝国政府)や亡命政府がドイツ全土を統治すると主張。しばしば、極右や反ユダヤ主義と結びつく。2016年にバイエルン州で帝国主義運動の支持者がテロ特別捜査官を射殺する事件があって以来、情報局の連邦憲法擁護庁が同グループの監視をしている。

 2020年8月には、反マスク・反コロナ対策の大規模デモをベルリンで行い、ドイツ連邦議会の階段を包囲した事件があり40人が取り調べ受け、400人が現在も調査中である。

日本のソブリン市民

 日本では、日本最大のQAnon組織であったQAJFEri氏@EriQmapJapan(現在アカウント停止)が2020年12月17日にトランプ大統領(当時)に対して、「日本は1859年以来英国領となっており、天皇は偽物である」という主張をツイートしているのが確認されている。

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 このEri氏の主張には、QAnonの一員としてQAnon陰謀を頻繁にツイートし、Eri氏ともツイッター上でのやりとりが確認されているお賽銭マン@OSAISENMAN(現在アカウント停止)のヘッダーでもこのEri氏の主張と同じものが確認されている。

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 さらに、Eri氏がリツイートもしていた本物黒酒氏@honest_kuroki はこの偽天皇説の本を2020年1月に出版している。

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世界経済のリセットとNESARA/GESARA


 ソブリン市民の経済リセット説はまた、借金棒引きの夢を説き暗号通貨投資や金投資を紹介するNESARA/GESARAの詐欺商法とも密接に結びついている。(以下参照)

追記2021/02/19

KKKとソブリン市民とQAnonと連邦議会襲撃

 Vice記事の説明で、QAnonが3月4日に「トランプ大統領就任式」があると主張する理由にソブリン市民のイデオロギーを元に“1871年に制定された法律が密かに米国を企業に変え、米国政府を廃止した。”という部分が、ソブリン市民について調べていても私にはわからなかったのだが、今日(19日)ニュースを眺めていたらワシントンポストの記事でこのミッシングリンクを繋げる鍵が見つかった!

https://www.washingtonpost.com/history/2021/02/18/ku-klux-klan-act-capitol-attack/

 この記事によると、このQAnonの作り出した物語は南北戦争グラント大統領KKKの関係から生まれた偽情報だったことがわかる。

 QAnonが、米国政府が正統性を失ったと主張する1871年は、南北戦争で負けた後も暴力で黒人の選挙権を脅かすKKKに対抗してグラント大統領が「クー・クラックス・クラン法」(以下クラン法)を議会で可決させた年だ。

 そしてなんと、2021年1月6日の連邦議会襲撃犯にもこの150年前に施行されたクラン法を元に起訴されていた!

1871年のクークラックスクラン法(第3執行法としても知られる)は、選挙権、選挙権、法廷での証言、陪審員への奉仕の権利を侵害するために「武力、脅迫、脅迫」を使用することを連邦犯罪としました。

 ワシントンポストによると、今週、2021年1月6日の議会議事堂への攻撃に関与した人々を対象とした連邦訴訟でクラン法が適用された。

 下院国土安全保障委員長のベニー・トンプソン(D-ミス)によって提起された訴訟は、ドナルド・トランプ前大統領彼の弁護士ルドルフ・W・ジュリアーニ、およびプラウド・ボーイズオース・キーパーズのメンバーが、クラン法に違反して2020年の米大統領選挙でジョー・バイデンの勝利を覆す目的で議会を襲撃する共謀をしたことに対するものだ。

 そもそもこのクラン法が生まれた背景は、南北戦争後、クー・クラックス・クランが黒人とその同盟国の投票を阻止するために、南部全域で白人至上主義者の反乱を開始したことがある。そして150年前、ユリシーズ・S・グラント大統領と議会は、画期的な法律でこれらの自警行為に対応した。それがこの1871年に制定されたクー・クラックス・クラン法で、今日でもアメリカ人を政治的脅迫から守っているという。

 残念ながら、グラント大統領政権はクラン法を含む一連の南部の白人への畳み掛ける対策によりその後選挙で大負けして、のちの揺り返しを呼んでしまう。

 1883年には連邦裁判所がこの法律による刑事規定を憲法違反と判断したが、クラン法は現在まで生き残り市民権侵害の重要な保護の役目を果たしている。

 つまるところQAnonは、KKK制圧のためのクラン法の制定された年に米連邦政府が正統性を無くしたと主張し、黒人の人権のために尽力したグラント大統領を正統な大統領ではないと敵視し、ナチズムにも影響を与えたイギリスのイスラエル主義運動を元に生まれたクリスチャン・アイデンティティ運動(始祖はKKKの主催者と言われている)の精神を注入し、公民権運動のバックラッシュから生まれたソブリン市民運動を引き継ぐ、正統なKKKの継承団体ってことになるのではないだろうか。

 QAnonのブラック・ライブズ・マター運動への過剰な敵視もこれで理解ができる。

 日本のQAnon支持者は自分がKKKの一員だってわかっているんだろうか🙄

2021/02/24追記

アルジェンティーノ説

 むむむ、カナダの過激派研究者マーク-アンドレ・アルジェンティーノ氏の説明によると、QAnonの3月4日説の議論の核心は、米国憲法はもともと1789年3月4日に発効し、1933年まで大統領が3月4日に発足したということにあるらしい。

 Qの世界で3月4日は、米国がロスチャイルドのような銀行業界が所有する企業になった後に、ニューヨークの新憲法の下での米国議会の最初の会議の日だそうだ。

 QAnonの一部は、米国が憲法の当初の文言と意図の下で主権国家に戻ると信じており、トランプは第19代大統領として就任する。この概念を、SeveringCitizen運動から借用しているとのこと。

 そして、アルジェンティーノ氏によると、Qの世界では米国が1871年に中断し、米国の最後の「本当の」大統領がユリシーズ・グラントだという!



2021/03/04当日

ポッドキャスト(3/4追記)

BBCのまとめ記事がパーフェクトな件



ドイツ帝国市民運動



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