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ワンラオジー

「何飲んでるの?」
 と彼女は僕に尋ねた。
王老吉ワンラオジー
 と僕は答えた。
「ワンラオジー? 何それ?」
「中国で人気がある飲み物だよ。飲んでみる?」
 と僕は王老吉ワンラオジーの缶を彼女の方に向けた。彼女はうなづいて、それを飲んだ。
「まず! なにこれ?」
 彼女は渋い顔をした。

「もともとは健康にいい苦いだけのお茶だったんだけど、それに砂糖を入れて甘くして飲みやすくしたんだよ」
 と僕は解説をする。
「ぜんぜん飲みやすくないんだけど、甘すぎるし苦すぎるんだけど」
 と彼女はあいかわらず渋い顔をして僕を見ている。
「そうなんだよね。苦味と甘味が調和していないんだよね。いくら甘くしたって苦味は消えないし、甘さも中国人好みに合わせてあるから激アマなんだよね」
「なんでこんなの飲んでるの?」
「なんかさ、慣れると癖になるんだよ。ときどき飲みたくなるんだ」
 僕はそう言ってまた王老吉ワンラオジーを飲んだ。
 彼女は呆れた顔をしてしばらくは僕を見ていたが、ふと何かを思いついたかのように話し始めた。

「これってさ、あなたの小説みたいよね。すっごく甘いんだけど、なんか苦味があるっていうか。やさしさや胸キュンがあるようでいて、怒りだとか憎しみだとか、なんか心の中の闇みたいなものが残っていて、すっきりしないところがあったりするのよね、あなたの小説って」
 彼女は淡々と感想を述べた。

「でもさ、僕の小説はあまり苦味が感じないように書いているつもりだよ。王老吉ワンラオジーよりは口当たりがいいと思うけど」
 と僕は反論する。
「そうね。あなたは臆病だから、直接的に物事を書かないで、オブラートにくるんでくるんでくるんでいるから、時々何を書いているのかぜんぜんわからないことがあるのよね」
「僕は誰も攻撃したくないんだ。誰にも攻撃されたくないし。思っていることは言いたいけれど、ぜんぶぜんぶぜんぶ、甘~くして、甘いので充たして、ごまかしちゃいたくなるんだよ。それが、甘野充だよ。あまたすから、甘野充あまのみつるなんだよ」

「違うわよ。あなたはアマノミツルなんかじゃあない。決して甘いもので満たされてなんかいない。
 あなたはワンラオジーよ。
 ときどきすっごく苦いのよ。
 ときどきすっごくエロなのよ。
 だからあなたはワンラオジー。
 今日からあなたはワンラオジーと名乗りなさい」

 嫌です。

おわり。


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