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ラーメンたべたい

「人の心はね、縛ることができないのよ。どんなに相手のことを思ったり、どんなに色々なことをしてあげてもね、人の心は縛れないの。人の心は努力でどうにかなるものじゃあないの」
 と彼女は言った。

「僕が今まで君にしてあげたことはすべて無駄だったっていうこと?」
 と僕は彼女に聴き返した。
「そうね、無駄。昔は昔、今は今。終わってしまったものは、そこで終わり」
「そんなことない。僕が今まで君を愛してきたことは無駄じゃあないし、僕が君を愛していることは無駄じゃあない」
「あなたにとって無駄じゃあないかもしれないけど、私にとっては無駄なのよ」
「僕の気持ちは君には届かないんだ?」
「うん、届かない」
「冷たいね」
「うん、冷たい」

「最後に君と一緒にラーメンが食べたい」
「何で?」
「僕のわがままを聞いて欲しい。最後のお願い」
「何でラーメンなのよ?」
「冷たい冷やし中華じゃなくて、あったかいラーメンが君と食べたいんだ。冷たい君の気持ちをあっためたいんだ」
「食べたくない」
「じゃあさ、これ聴いてよ」

 僕はイヤホンの片側を彼女に渡して、スマホのプレイリストからその曲をかけた。
 矢野顕子の「ラーメン食べたい」


「なんだかラーメンが食べたくなってきた」
「でしょ?」

 僕らはラーメンを食べに行った。


 彼女は美味しそうにラーメンを食べた。
 そして突然に泣き始めた。
「どした?」

「なんかね、思い出がこみ上げてきたの。あなたとの思い出。楽しかった思い出。どんどんどんどんこみ上げて来るの。どうしてだろう? あなたとラーメンを食べるの初めてなのに。全然関係ないのに」
 彼女はぼろぼろと泣き続けた。
「あったかい。おいしい」


「さよなら」


 僕は彼女の後ろ姿を眺めながら歌を口ずさんだ。
 薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」

 さよならは別れの〜言葉じゃなくて〜♪
 再び会うまでの〜遠い約束〜♪


 このまま何時間でも泣いていたいけど、ただこのまま冷たい頬を温めたいけど。


 振り返れ、振り返れ、振り返れ。
 僕はそんな思いで彼女の後ろ姿をずっと眺めていた。


 これで振り返ったらご都合主義だよなあ。
 現実はそんなに甘くなんてないよなあ。
 ハッピーエンドなんてないよなあ。
 現実は冷たいんだよなあ。

 僕は「はっぴいえんど」の「夏なんです」を聴いた。
 夏じゃないけど。


おわり。


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