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イエスタデイ・ワンスモア

「私がまだ若かった頃、ラジオを聴くのが好きで、いつも好きな曲が流れるのを待っていたの。そしてその曲が流れると、一緒に口ずさんでいた。そうしていると笑顔になれたの。
 それはとても幸せな時間だった。それほど昔には感じない。
 どこかに消えてしまったと思っていたけど、また戻ってきたの。まるで懐かしい友達のように、みんな大好きだった曲たち」
 彼女は遠くを見つめて僕にそういった。

「僕も好きだよ。イエスタデイ・ワンスモア。ノスタルジックでいいよね」
 僕は彼女にそう言った。

 彼女が言った言葉は、カーペンターズのイエスタデイ・ワンスモアという曲の歌詞だ。
 彼女は離婚して、ノスタルジックな気持ちになっている。

「あの頃は良かったよね」
 と僕は言った。

 僕らは学生時代に付き合っていた。
 僕はバンドをやっていたけど、それじゃあ食えないと思って会社に就職した。
 学生時代の僕は夢を追い求めていて、輝いていた。
 夢を捨てて、僕は輝きを失った。
 そして彼女は去っていった。

「すべての「シャラララ」が、すべての「ウォウ・ウォウ」が、まだ輝いてる。すべての「シンガ・リンガ・リン」がまた歌い始めてる。すごく素敵」

 カーペンターズのカレンの歌声は、透き通るようで優しくて心に響く。

「曲があの部分にさしかかる。彼が彼女の心を傷つけるところ。そこでまた泣いてしまう。あの頃のように。イエスタデイ・ワンスモア」

 僕はかつて彼女の心を傷つけてしまった。あの頃の僕には自信がなかった。僕は仕事ができない駄目男だった。夢を追うことしかできなかった。彼女のことを守れなかった。

「過ぎていった年月を振り返ると、楽しかった思い出が今日を悲しくさせる。いろいろ変わってしまったから」

 そう、僕は変わってしまった。
 あの頃の夢を追いかけている僕じゃない。
 現実に向き合って、努力して、仕事ができる男になった。

「あの頃よく歌った愛の歌。歌詞を全部覚えてたものよ。あの懐かしいメロディは今も私に心地よく響いて、過ぎ去った時間を溶かしてくれる」

 今の僕なら君を守れる。
 僕が過ぎ去った時間を溶かしてあげるよ。

「ねえ、一緒に暮らそう」
 と僕は言った。
 あ、間違えた。僕は「一緒に歌おう」って言おうとしたんだ。

 彼女は僕の顔を見て、「うん」とうなづいた。


おわり。

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