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短編小説

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僕の短編小説集です。
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#音楽

ワンダフル・トゥナイト

 僕は10年ぶりにその街を訪れた。  行きつけだったバーのカウンター席に座る。  バーの片隅には小さなステージがあり、そこでは若いロック・バンドが演奏をしていた。  僕はバーボン・ウイスキーをロックで頼み、一口舐めるように味わう。そしてよく冷えたチェイサーを口に含む。  バンドのヴォーカルと目があった。  レッド・ツェッペリンのアルバムのジャケットのように酒を飲む僕の姿を、その男は気に留めているようだった。  まるでタイムスリップしたかのようなオールドスタイルの男が珍しい

水曜日、ストリートにて

 水野貴美は、街頭でストリート・ライブをすることに決めた。  人前で歌いたかった。  歌うことで、自分を表現したかった。  歌うことで、自分を解放したかった。  誰も聴かなくてもいい。  ただ自分のためだけに、歌いたかった。  フォーク・ギターをハードケースから取り出して、ストラップをつけて、肩にかけた。  ハードケースは開いたままにして、目の前に置いておく。  もしかしたら誰かが投げ銭をしてくれるかもしれない。  人前に立つのは恥ずかしい。  だけども自分自身に集中

月曜日、ストリートにて

 水野貴美は、街頭でストリート・ライブをしていた。  月曜日、その男は現れた。  高級なスーツを身に着けたその男は、少し離れたところに立ち、貴美の歌を聴いていた。  その姿は、ジェイ・ギャツビーのようでもあった。  男はしばらく貴美の歌を聴いた後に、満足そうに微笑むと、お金をギターケースに放り込んだ。  貴美はギターケースに入れられたお金が1万円札だったということには、そのときは気が付かなかった。  帰り際にそれに気が付き、驚いた。  次の週の月曜日、その男はまた現れた。

金曜日、ストリートにて

金曜日、ストリートにて  水野貴美は街頭で、ストリート・ライブをしていた。  金曜日の夜は、とりわけ人通りが多い。  ギターのハードケースには、次々と投げ銭が放り込まれた。  貴美は人混みの中に、ある男を見つけた。  それは、月曜日の男だった。  いつもは高級なスーツを着て現れる月曜日の男だったが、金曜日に現れたその男は、ラフな格好をしていた。そのため最初は、それが月曜日の男だとはわからなかった。そして月曜日はいつも途中で投げ銭をして帰ってゆくのだが、今日は違っていた。