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母の居ない母の日。

今日は母の日ですね。
介護記録を書くか悩みましたが、
つぶやいていたように、仕事を1つ辞めてきたので、そっちとヲタク活動に専念しなければなりません。笑

でも、スーパーで子ども達が描いた
お母さんの似顔絵を見ると
「お母さん、大切にするんやで」と思ってしまいます。

私が母の日にカーネーションをあげたのは
物心ついてからは、おかんが旅立ってからでした。
小さい頃は、たぶんあげてたと思うのですが、
覚えていません。
そして、記憶にある限りで、花を贈ったのは
おかんが旅立ってからでした。

恥ずかしさとか、そんなのがあったり、
介護とか、病気とかで、母の日なんて嫌い。
と思っていたのでしょうね。
今は、毎年、母の日と命日に
行きつけの花屋さんで、花を買います。

花が好きな人でした。
私と姉のピアノの発表会があると
必ず、花束を用意していて、
小さい頃の私は喜んでいましたが、
しだいに恥ずかしくなってきました。

おかんは、生け花をやっていたので、家には花びんがたくさんあり、私も好きなように生けさせてもらっては、
後から、こっそり手直しされている。ということもありました。

とにかく花が好きで、中でも胡蝶蘭が好きで
「私の葬式に菊は嫌だからね、全面を胡蝶蘭にしてちょうだい」と言うほどでした。
実際には、そんなことはできなかったのですが、
写真の横に胡蝶蘭を、
後は、百合やトルコキキョウなど、
明るく、華やかな雰囲気で仕上げてもらいました。

あまりに花が多すぎたので、
棺に入りきらなくて、もういいんじゃないか。
と、参列者が戸惑う中、葬儀屋さんが
「もっと、ありますから!」とあせるという
文字通り、花に埋もれる……。
棺から花が溢れる出棺になりました。

それから、私と姉は、
「葬式は、シンプルにしよう!」と決め
おかん>祖母>祖父の順に
シンプルかつ最低限に、をモットーに
葬儀を進めていったのです。

私も、姉も、おかんが亡くなってから
すぐにエンディングノートを買い
書き込みました。

そして、どこにあるかも教えてあります。
一番困るのは、おとんなんですよね……。

それなりの年齢になってきて、まだボケでいない。
今が絶好のチャンスなのに、
言い出しづらいのです……。

話が逸れましたね。
というわけで、純真無垢な私は
母の日をしていたかもしれませんが、
物心ついた頃の私は、おかんが死ぬまで
母の日を無視してきたのです。

後悔先に立たずですね。
せめて、亡くなる年だけでもわかっていれば、
最期に、花くらい贈ったのに。
いえ、看護師さんから連絡はあったんです。
「そろそろかもしれません。」と
でも、無視しました。
おかんがそんな簡単にくたばるわけない。
ゴキブリのように生きて、私たちを苦しめるんだと。

罪滅ぼしにはならないかもしれませんが
実家にカーネーションを供えてきました。
そこには既に、おとんからの
ガラス細工?プラスチック?の花の置物がありました。

だから、物を増やすな!!

何度言っても「これなら枯れないやろ」と
ニコニコして言うので、怒れません。
そうやって、おかんの写真の周りには物が増えていくんです。
掃除しないなら、物を増やすな!

怒りたいけど、これはおとんの気持ちだから。
おとんにだって、おかんに言いたいことが
たくさんあったでしょう。


人は亡くなった後に気づくものなんです。
まだ、大切な人が側にいるのなら
「ありがとう」と言ってあげるのが良いと思いますよ。

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