第17回読書会「100分de名著 中井久夫スペシャル」

先日、「100分de名著 中井久夫スペシャル」を課題本とする読書会を行いました。

精神科医である中井久夫の著作は精神医学に関する専門的な論文だけではなく、エッセイ色の強いものなど多様にあり、膨大な著作を読み切るのには長い時間のかかりそうなものです。中井の著作を集めたものにみすず書房の「中井久夫集」がありますが、「100分de名著 中井久夫スペシャル」では中井の主要な論文などを収録しており、本書を読めば中井の臨床観、疾病観などの大枠を知ることができます。
日本の精神医療の黎明期から、最近では阪神淡路大震災や3.11におけるPTSDなどの心のケアの普及など、日本の精神医療の黎明期からその発展までを駆け抜けた精神科医あるいは文学者として、参加者の方と多彩なことを話すことができました。
精神病といえば、統合失調症(改称以前は精神分裂病)という時代が長らく続き、中井の臨床例の多くがこの疾患に割かれていることはよく知られています。統合失調症は、1950年に治療薬が登場するまでは人格が荒廃して廃人化していくのを待つしかない病いで、精神科医としての葛藤の多い病であった歴史的経緯があります。中井自身もその辺りのことは他の著作でも触れています。中井の主著の一つである「分裂病と人類」においては、この統合失調症(分裂病)に対する見方が180度変わっており、むしろ分裂病気質を持った人々が社会の大勢を占め、社会の発展に欠かせない時代もあったのでは、との指摘は非常に斬新なものとして参加者の方にもこの辺りについての言及が多く寄せられました。また現代においては粘着気質(うつ病と親和性の高い気質)が大勢を占める時代であるので、分裂気質を持った人々には生きにくい時代でもあると中井は言います。
このように疾病を文化的な観点から捉え直し、ポジティヴな意味合いを付与していく試み、また健康人という概念への再考を暗に促す試みは非常に大きな意味を持っているでしょう。中井は著作の中でよく漁村と農村での精神疾患の罹患について比較するような文章が出てきますが、うつなど現代的な気分障害は「出てみないと分からない」一発勝負の強い漁村よりも、集団統制と協調とを基本とする農村の方が多く、またこうした農村的社会を反映し、より合理的な近代社会においてさらに強くなったのではと中井は指摘しています。
この気質によって人を分類する在り方には、実証的な見地から見るとやや強引なところがあり、研究としてはまだ疑問がつくような箇所もあるとは思いますが、疾病に対する医学のみならず文化人類学的視点からの言及と、疾病観の転換は現代にこそ求められる姿勢の一つであると思いました。


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