「現代人の憂鬱」デュルケーム・「自殺論」

先日、エミール・デュルケーム「自殺論」を取り上げた。
デュルケームの「自殺論」における特徴は大きく2つある。一つは、個人の内部にある病理性によって自殺は起こる、との論調から、自殺とは社会的現象であるとの論調への転換。もう一つは社会学的研究手法を取り、自殺という現象を考察した点にある。この2つはどちらも画期的なものであり、「自殺論」は社会学の古典でありながらも近代人の孤独やその病理に焦点を当てた点では非常に新しく感じるものでもある。
読書会においても、デュルケームの示した自殺の類型(集団本位型・自己本位型・アノミー型・宿命的自殺)にまず話しが及び、転じて現代日本においてはどの種類の自殺が多くを占めているのだろうか、という点に関心が集まった。アノミー的自殺が傾向としては多そうではあるが、その欲求とは一体どういったものなのだろうか。ここには物質的なものではなく、承認や安全希求など精神的なものも多分にあるのではないか、との意見も出た。デュルケームによれば、自殺とは社会的現象であり、社会的コミュニティとの繋がりの強弱と、個人の精神的な病理とは相関関係がありそうである。
またキリスト教プロテスタントとカトリックにおいても、後者よりも前者の方が自殺率は高い。これは教会などのコミュニティと繋がりの比較的強いカトリックに対して、プロテスタントはあくまで個人と聖書との繋がりを重視する周波のため、宗教的コミュニティとの繋がりはカトリックよりも緩やかであると思われる。デュルケームの論から考えるに、プロテスタントに自殺率が高いのはこういったコミュニティとの繋がりも原因の一つであるかもしれない。
デュルケームの自殺論は、やはりその要因を個人ではなく社会性に求めたところに大きな特徴があるといえる。自殺の持つ病理性と社会的側面とを考えた時に、両者ははっきりと分かれているのではなく、相互に混ざり合いながら存在しているのでは、との意見が出た。人が社会的生物である限り、集団社会からの何らかの影響は免れ得ないだろう。

現代日本における自殺については「拡大自殺」というものと「セルフネグレクト」とがその特色として意見が出された。
拡大自殺について、以下引用する。

拡大自殺(かくだいじさつ、英:extended suicide)とは殺人を行った後、あるいは同時に自殺する行為を言う。どのような状況を拡大自殺と呼ぶかについて、未だ一致した見解はないが、
a) 自分とは無関係である者を殺害した後に自殺した場合
b) 嫉妬妄想の対象を殺して自殺した場合
c) 愛し合う相手を殺して自殺した場合

d) 自分が死んだら家族が生きていけないと考えて家族を殺した後、自殺した場合(嬰児殺しを含む)
など、さまざまなケースが拡大自殺と呼ばれる。いずれの場合も、自殺が未遂となる場合もある。
引用: https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%8B%A1%E5%A4%A7%E8%87%AA%E6%AE%BA

攻撃性が極端な形で他者へと向かい、道連れにする自殺をいう。ローンウルフ的なテロリスト的行為をとる場合も多く、社会に与える影響は甚大である。もう一つ、セルフネグレクトはこれとはまた別な極にある。そして、これは一見すると自殺というようにカウントされ辛い現象でもある。セルフネグレクトについて、以下引用する。

一般にはアメリカの全米高齢者虐待問題研究所(National Center on Elder Abuse:NCEA)が定めた定義に準じた「高齢者が通常一人の人として、生活において当然行うべき行為を行わない、あるいは行う能力がないことから、自己の心身の安全や健康が脅かされる状態に陥ること」という定義が使用される場合が多い。なお、精神的に健全で、自らの自己決定でセルフネグレクトと同じ状況に意図的に身を置く者については、基本的にセルフネグレクトの範疇からは除外される。しかし、客観的に見た場合、意図的なセルフネグレクトと非意図的なセルフネグレクトはなんら変わりがないため、臨床においてその線引は議論の対象となる場合が多い。

引用: https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%8D%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88
セルフネグレクトは他者へと向かわず、ひたすらに自己閉鎖的な行為の果てに死が待っている行為である。拡大自殺とは違うベクトルで死へと向かう行為には、日本社会のあるレベルでの特色が表れているようにならないし、またデュルケームの示した類型に当てはまらない類のものでもあると思う。デュルケームの自殺の類型とは、あくまで19世紀のものであり、21世紀を迎えた社会の中においてはやや不十分なところもあるだろう。だが個人と社会の関係性とその在り方についての社会学的な考察は現代においても有用であろう。自殺をもたらす構造を持つ社会への視点は持ち続けたい。


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