見出し画像

門前通りは今日も晴れ! その弐

前回までのお話はこちらをどうぞ↓

こんにちは!私はこのお話の進行役をしております、フニャさんです。
では、前回の続きをお話し致しましょう。

闇夜に聞こえてきた怪しげな会話。いや、正確には会話というのか何なのか、どちらも同じ声に聞こえます。私は首を回すことができないので、どこで誰が話しているのか見当もつかないのですが、ただ一つ明確にわかったのは、何者かがぷる太郎の存在を疎ましく思っていることでした。

「ぷる太郎を、殺せ」

一体、声の主は何者なのか。そのような恐ろしいことを目論むのは、一体?

『夜な夜な聞こえてくる謎の声』

その声は、その日を境に夜ごと聞こえてくるようになったのでございます。話を聞いていてわかったことは、どうもぷる太郎は恐ろしい存在であるということ。
ただ、ぷる太郎を恐ろしいと思っているのは夜ごと話をしている者達だけのようで、ぷる太郎がいると何か都合が悪い様子です。

ぷる太郎の、一体、何が。

不思議に思っていると、ある晩、このような話を聞きました。

「しっぺい太郎のことは聞いているか?」
「知ってるとも。まさか、ぷる太郎とはしっぺい太郎の異名なのか?!」
「いや、しっぺい太郎とは別の犬だ。しっぺい太郎はとっくに死んでいるからな。だが、しっぺい太郎と同じ性質、強さを持っている。だから油断できないのだ」

「いや、待て。というか、むしろ」

やや間が開いたかと思うと、声色が奇妙に変わって重なりました。

「ぷる太郎は、しっぺい太郎の生まれ変わりだ!」

(!!!!!!!!)

なんということでしょう。ぷる太郎がしっぺい太郎?!
しかし、奴らははっきり言ったのです。しっぺい太郎だと。ええ、私もその昔、しっぺい太郎の噂を聞いたことがあります。

しっぺい太郎とは、魔物を退治したことで知られる犬の名前です。日本各地のさまざまな伝承に登場しているようで、どの話でも猿神を退治しています。神と付いてはいますが、その実態は先に述べたようにおぞましい魔物なのです。


もっともよく知られた話をあげると、このようなものがございます。
ある村では、神様に生贄として娘を差し出す習慣があったそうです。生贄ですから、当然帰ってくることなどございません。実際は食われていたのでしょう。どの家でも、本来は自分の娘など生贄にしたくはなかったのです。

そこへ、一人の旅人が通りかかり、村人が困っていることを知ります。生贄に差し出す期限も近づいていて、どうにか人肌脱ぎたいと考えた旅人は、妙な声を耳にしました。

「あのことこのこと、聞かせるな。しっぺい太郎には知らせるな」

しっぺい太郎について調べた旅人は、それが犬であることを突き止めます。そこで、しっぺい太郎という名の犬を探し当て、生贄の代わりに棺に入れて差し出すことにしました。そして、何も知らずに娘を食らおうとした猿神目掛け、飛び出すなり噛み付いたしっぺい太郎。見事、魔物を退治したのです。

そう、魔物。

しっぺい太郎を恐れるものといえば、魔物以外にないではありませんか!
神域だというのに魔物が?一体なぜ?いつ、どこからそのようなものが入り込んでいたのか?いやいや、しっぺい太郎の伝承でも猿神となっていました。神と名が付いていても、実態は恐ろしいものも存在します。

でも、まがりなりにも私はここで駒狐をさせていただいる身。ここには猿神様などおられません。私も他の駒狐達も、そのような恐ろしい神に仕えた覚えはないのですから。
いや、待てよ。ああ、だから巫女達がいなくなっているのでは?では、ここの本当のご祭神は、まさか猿神??


私はすっかり気が動転し、ガクガクと震えてくるのが自分でもわかりました。石像でも震えるときは震えるものです。
とにかく、この神社は何かおかしい。今はまだ人が賑わっていて表立ったことは起こっていませんが、いずれ何か恐ろしい事態がやって来る気がします。


『ぷる太郎の災難』

さて、夜な夜な境内に響く妙な声が聞かれなくなった頃、今度は日中の境内で妙なことが起こり始めました。
犬や猫を毛嫌いし、不満をぶつける者が現れたのです。
ただ、不思議なことに、どういうわけかこれといった明確な人物が見えてきませ
ん。

「四つ足のものを神社に入れるな!」
「犬も猫も不浄なものだ」
「見ろ。境内に糞までしてあるぞ!」
「汚らわしいと思わないのか?」

こう言って歩く者の声を聞いたという話はあちこちから出ているのですが、実際に姿を見た者がいないのです。それなのに、執拗に電話で苦情が入ることもあるとかで、すっかり神経質になる仲見世の者もいました。
そして、その影響はぷる太郎や他のお犬様にも及んだのです。お犬様を締め出すところが増え、楽しく集うことはなくなりました。

「四つ足など入れていると、閉店に追い込んでやるぞ!」

ぷる太郎がいつものように散歩で訪れても、挨拶すらしてくれない者もいることには驚いたものです。これには、私ども駒狐達も呆れましたよ。何しろ、手のひらを返すようにぷる太郎への態度を変えたのですから。
「これこれ、ぷる太郎は眷属ですよ!」
そう言っても、聞こえない人間がほとんどなのです。幸い「めでた屋」の陽子さんは変わらず接してくれましたが、それでもどこか不安そうでした。

声もかけてくれない、店にも入れてくれない。
皆のあまりの変わりように、ぷる太郎は見る見る元気を失っていきました。顔はすっかりこわばってしまい、尻尾は垂れ、おどおどと境内を散歩します。もう、見ているのも辛いものでした。何しろ、急にぷる太郎を無視する者もいたのですから。

すっかり萎縮したぷる太郎に異変が起こります。口元が弱り、丈夫で立派な牙が二本抜け落ちてしまったのです。
ぷる太郎を連れる夫婦の話を聞いたのですが、大きなショックを受けたことで免疫力が落ちたのだろうということでした。

『小躍りする魔物とさらなる不幸』

ぷる太郎がすっかり弱った頃。また、妙な声を聞きました。例のあの謎の声です。

「おい、ぷる太郎の牙が抜けたぞ!」
「やったな!これで引き裂かれる心配はあるまい」
「もう一安心だろう」

魔物達は、ぷる太郎の武器である牙が抜けたことを喜んでいる様子。

(やはり、あいつらだったか)
(でも、これで命までは取られないで済む)

何しろ、ぷる太郎は私ども駒狐にとって大きな希望です。腐敗し、すっかりこのような魔物の温床となり下がった神社を救ってくれるに違いありません。どこかで止めないと、いずれもっと恐ろしいものが噴出することも考えられます。
安堵していると、また声が聞こえました。

「いや、油断は禁物だ。何しろ、しっぺい太郎とあってはな」


ええ、そうなのです。
ぷる太郎は牙は抜けたものの、考えを改めたようで、仲見世の者達とやや距離を置くようになりました。以前のようなはしゃぐ姿を見ないのは寂しい限りですが、元気に闊歩する姿はすっかり元に戻っています。散歩で訪れては、挨拶程度で帰って行きます。

しかし、ぷる太郎を可愛がってくれていた店の一軒が閉店に追い込まれてしまいました。一体何があったのかは狐ごときではわかりません。
それでも、ぷる太郎が元気を取り戻し、陽子さんも変わらず接してくれる姿を見るのは微笑ましく、嬉しい限りです。


『ぷる太郎の急死』

神社での不穏な動きは、いつしか消えていきました。まるで、あの店が閉店とともに悪いものを持ち去ってくれたかのように。
ぷる太郎も元気に散歩にやって来ます。お犬様仲間はすっかり姿を見せなくなりましたが、ときどき「めでた屋」には顔を出しているようでした。

ところが。


私は見てしまったのです。ぷる太郎に張り付く黒い煤(すす)のようなものを。年末に、あの夫婦とともに散歩でやってきたときでした。

(ぷる太郎に何かあるのではないか)

年が明けると、ぷる太郎と夫婦の姿を見ることはなくなりました。陽子さんが酷く心配しているようで、私にも伝わってきます。
そして、お正月気分が抜けた頃、あの夫婦が「めでた屋」にやって来ました。しかし、ぷる太郎の姿はありません。

夫婦は、お世話になった「めでた屋」に、ある報告をしに来たようです。それは、ぷる太郎の訃報でした。ええ、あのとき嫌な予感がした通り、ぷる太郎は亡くなってしまったのです。
突然の心臓発作によるものだそうで、夫婦も「めでた屋」の店主も、神妙な面持ちでした。もちろん、陽子さんも。

ぷる太郎が思惑通り死んだとなれば、ますます魔物は暗躍するでしょう。
さてさて、ここは一体どうなってしまうのか。

《その参につづく》





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?