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オペラの衣装と数寄屋の意匠

私は京都で1日2組の宿を運営している。小さな旅館ですが笑顔や思い出を生みだす宝箱だと思って大事に運営しています。そんな私のデザインや経営のアウトプットを記録。

キッカケ

遡る事5年前、それまでイギリスで舞台衣装の仕事をしていた私はビザを更新せず日本に帰国。7年ぶりに生まれ育った故郷の京都に帰ってきた。
その後この小さな宿を運営することになるのだが、
「宿をするのが長年の夢やったんです!」とか「ゲストハウスブームに乗ってみた!」とかいうことはなく、きっかけは純粋にこの建物に出会ってしまったことだった。初めてこの元料亭の建物に足を踏み入れた時、もてなしの為にデザインされた和の建築の重厚な色気というべきか、そういう雰囲気に引き込まれてしまったのを今でも覚えている。
建築に詳しい訳ではなかったので(今もですが)内見では書院造り・数寄屋造とかいうワードすら知らず、只々、
「なんか、なんか、お洒落や!」
と初来日の外国人のようで、感動に日本語のボキャブラリーが追いついていない状態だった。


ロンドンのテーラーと京都の大工

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そう感じられたはヨーロッパでの生活があったからだと今となっては思う。日本、とりわけ京都とイギリスのモノに対する価値観は似ているところがあると思っている。経年変化そのものが価値であるとその歴史に誇りを持ち、後世に受け継いでいくという文化が個人のレベルでも根付いている。

特にロンドンで私が生業としていたオペラなどの舞台衣装やビスポークテーラリング(オーダーメイドスーツ)では顕著で、新規で制作する衣装(orスーツ)は、長く使用する事を見据えてパターンを引き、生地を選び、組み立て方(縫製方法)を考える。人の体型は10年後には変わっていることが多いし、オペラでいうと何度も何年にもわたりリバイバル公演するので体型の異なる演者に入れ替わった場合も対応できるように作る。建築でいうと宮大工や数寄屋または町家大工の仕事に近いように思う。

紳士服の歴史やデザイン、組み立て方に夢中になっていた私が数寄屋建築に引き込まれたのも自然と言えるのかもしれない。いわゆる『用の美』と『芸術的な美しさ』の両方を持ち合わせている両者。
『古くなった汚くなったら捨てる。』という行動に行き着くような前提で物づくりはしない。


信念の感じるものに身震いしがちな私は一発でこの建物が気に入ってしまい、あとは俊速で行動に移した結果一年後には女将になっていた。

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