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PS.ありがとう 第8話

自転車、大画面テレビ、自動掃除機、布団乾燥機、電子レンジ、包丁、お皿のセット、主婦寄りの商品が多いのは、イベントの戦略なのだろう、そんなことくらいはわかる。

主婦が集まるなら、必然的に夫や子供が付いてくるからだ。夫が行きたいと言っても、ついてきたくない主婦は多いだろう。

うちはどうなのだろう。祐輔の顔がうかぶ。しばらく考えていたがどうしても実感がない。私はついていくかな、いや駄目かなあ、祐輔浮気しているし。今日はイベントを楽しもう、そう誓った。

「今日はね晴れましたからね、遠くまでよく見えるんです」

「えーーどのくらい見えるんですか」

「ちょっとハワイまで」

会場がどっと笑いに包まれる。抽選会場のステージの前は多くの女性と子供であふれている。まるでアイドルのライブでも始まりそうな勢いだ。

赤いジャケットに白のスラックス、黒縁眼鏡という、一昔前のバラエティ番組から飛び出してきたような男性が楽しそうにしゃべっている。顔は背の高いネズミ男といった感じだ。

アシスタントの女性は少し控えめな感じで、自分からしゃべるというより、男性MCがしゃべったことに対応しているという感じだ。長い髪が風になびいて清々しさを演出している。

「こんなに明るいとね、会場に来ている奥様達が良―く見えますねん、困りますわ」

「えーどうしてですかー」

打ち合わせをしたのかわからない。わかるのは女性も男性の話を楽しそうに聞いている、ということだ。

「まぶしすぎて目がやられてまう」

会場が一斉に笑顔で包まれた。嘘だとわかっていても女性はそういう言葉には弱い。

「ねえ、瑤子さんは何をねらってんの?」

美智子さんからそう言われると思い当たるものがなかった。もらった抽選券だからあまり想いがなかったかもしれない。美智子さんから言われて、ステージの端に置かれている商品を目を細めて確認する。

あった。毎晩祐輔の帰りを待つ間、恋焦がれていた魔男のような存在の、ちょっと怪しくも凛々しい姿を見つけたのだ。

「ちょうどねレンジが壊れたところやったんよ、電子レンジが当たるといいかな」

電子レンジを新調することイコール東京行きは終わり、だと思っていたので、無理に考えないようにしていたのかもしれない。こうなればどうでもいい、新しい電子レンジが欲しい。ステージの電子レンジが他のどの景品よりも光って見えた。

「では今から抽選を始めます、今回はねどうですか、豪華ですなー、どうこれこの自転車」

そう言ってねずみ男は電子レンジを手で軽くたたいた。会場が爆笑に包まれた。そんなに叩かないで、と、瑤子は笑いより心配の方が大きい。

「佐藤さん、それは自転車じゃなくて電子レンジ。こっちが本物の自転車ね」

女性MCはそう言って左手で大型テレビをさわった。

会場は笑いが止まらない。

「ええわーあれ欲しい」

横で美智子さんが思わず声を漏らした。その視線は自転車から離れない。

10分くらい商品の紹介が続いた。その間美智子さんから今まで乗り継いできた自転車の話を聞かされた。まるで自分の子供のことでも話すような美智子さんが少しかわいく見えた。

「では、いよいよいきましょか」

「はい、では今回抽選していただくのはこちらの方です」

そう言って会場の左端から走って出てきたのは、関西で今売れている一等一番だった。

「はい、愛には愛を目には目を、あなたの心は僕に首ったけ、今日も元気な一等一番でーす」

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