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PS.ありがとう 第23話

「そか、もう単身赴任で話がすすんでるからなあ、とりあえず聞いてみるけど期待しないで。行けたら瑤子は幸せなのかな」

「もちろん、あ、でも無理しなくていいから」

優しい回答に少し戸惑ったのは確かだ。

「わかった」

祐輔がカレーを口に運ぶ。

わかったは、どれくらいのわかったなのか、聞きたかったがやめた。これ以上祐輔と会話をするのが無駄なような気がした。すっきりした返事はもらえそうにない。自分の気持ちも同時にすっきりしないままの状態が続くだけだ。我慢比べをしているようだ。

次は2人を尾行するか、数ヵ月前まではこんな探偵ごっこみたいなことをするなんて、夢にも思わなかった。夫が浮気をしているとなるとみんなこんなものなのだろうか。

次の日はあまり仕事も手に着かず、相変わらず子供を迎えに行き夕飯を作り風呂に入った。子供たちを寝かせ着け、一人パソコンに向かう。

いつもの不動産サイトを見ているがあまり気持ちが乗らない。祐輔の不倫現場を抑えたからなのか、東京行きがなかなか現実的にならないからなのか。このところ瑤子の気持ちは浮いたり沈んだりしている。

ネットで東京の景色を見ながら便せんを取り出してみた。ペンを持つ。このまま誰かに手紙を書けば東京行きが決まるだろう。もはや便せんの力を疑う余地はない。

ペンを右手に持ちながら、色々なことが頭をよぎる。電子レンジの時のように、思いを込めて手紙をかけば、きっと東京行きは決まるだろう。新幹線に乗っている自分が目に浮かぶ。でも、このまま東京行きが決まってもいいのだろうか、そんな疑念も沸いてくる。祐輔の犯した罪の代償は大きいはずだ。便せんとペンで決めることではない、せめて謝罪の一言くらい言わせて東京行きを決めるべきだ。お互いに傷つくかもしれないが、そこは祐輔との共同作業だ。東京行きだけは便せんを使わずに決めよう。

とりあえず気持ちが変わらないうちにと思い、便せんとボールペンをしまう。

もはや夫はほかの女の男なのか。もう自分は相手にされないのか。虚しさが体を駆け巡る。自分で自分の胸をもんでみた。

「あっ」

思わず声がでる。祐輔も男なら私も女、そんな妙な考えが浮かぶ。まだ本気で見放されたわけではないとは思うが、セックスレスの影は目の前まで迫って来ている気がした。

「先に不倫したのはあなたでしょ」

思いついたままに言葉が出てきた。

私が浮気をしたからと言ってとがめられる?私も女だってことをわからせたい、持て余した体を気持ち良くしてくれる人はきっといるはず。ちょっとだけ自由になってもいいでしょ?瑤子はいてもたってもいられなくなり、出会い系サイトを検索してみた。本当の自分はどこに行ったのだろうと思いながら、キーボードを叩いていた。

思った以上に多くあるものだ。不安定な状態なはずなのに胸が鳴るのがわかる。高鳴った心臓から送り出された血液が体中を駆け巡る。夜中に一人で出会い系サイトを見ているなんて、昔の自分が見たらあきれ返っているだろう。だが今は状況が違う。

“出会い系サイト”

怪しい限りだ。本当にいい人がいるのかね、昔はそう思っていた。女が遊ばれるだけじゃないのか、あるいは男に課金だけさせてサイトのオーナーだけが一人儲けているんじゃないか、そう思っていた。

でも今は違う。便せんがある。便せんさえあれば思うがままだ。

出会い系サイトに自分の年齢や趣味などを入力した。その後に好みの男性のタイプを身長や体型、雰囲気などの色々な選択肢から選んだ。

瑤子は一通り出会い系サイトの入力を終えると、さっきしまった便せんとペンを取り出した。最後の便せんだ、思わず深呼吸をする。

“レイナちゃんママ、この前は協力ありがとう。しっかり証拠写真撮れたわ。これをネタに東京行きを迫るつもりよ。それとね、レイナちゃんママがいつも言うように、こんなことになっても離婚だけはせんから、安心して。東京行きが決まったら美味しい料理食べにいこか。PS.ありがとう”

パソコンの画面が切り替わった。

“あなたの条件に合った男性候補をご紹介いたします”

条件に合った男性は3名しかいなかった。かなり横柄な条件を入れたからこんな感じだろうとは思った。1人目の紹介画像が突然現れた。紹介画像の中で、太めの男性が笑っていた。

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